入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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1939年2月10日 晴気氏に正式訓令下る。

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/09 15:17 投稿番号: [1884 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
62〜64p


《 だが、土肥原機関の悲劇に引きかえ、

特務工作は影佐大佐の口ぞえもあって意外の好評だった。

私は次のような思いがけない命令をもらった。

参謀総長からの命令   (昭和十四年二月十日付)   は次の通りであった。



     晴気少佐ニ与ヘル訓令

  一、大本営ハ   上海テロ対策ノ一環トシテ、丁黙邨一派ノ特務工作ヲ

    援助セントス

  二、貴官ハ上海ニアッテ   丁黙邨ト連絡シ、 特務工作ヲ援助シ   中支軍ノ

    行フ租界対策ニ   協力スル傍ラ   土肥原機関ノ残務ヲ整理スベシ

      塚本誠憲兵大尉   及ビ   中島信一少尉ヲ配属ス



  三、特務工作ノ援助ニ当ッテハ   左ノ件ヲ適宜   丁黙邨ニ連絡スベシ

   1、租界ニ於テ行ハレル   反日策動ノ封殺ニ専念シ

     特ニ   工部局トナルベク   摩擦ヲ起サザルコト

   2、日本側ニ関係ヲ有スル中国人ヲ   逮捕セザルコト

   3、汪兆銘ノ和平運動ニ合流スルコト

   4、三月以降、月額三十万円ヲ、マタ拳銃五百挺、弾薬五万発

     及ビ   爆薬五百瓩ヲ貸与ス



私はこの命令書を熟読しながらそのうらの意味を考えた。

やっぱり中央部は、汪兆銘の和平運動に望みをかけているらしい。

こんなにあっさりと土肥原工作を中止したのも、

汪工作の方が害が少なく、成功の見込みも多いと思ったからだろう。

汪工作が発展すれば、その舞台は上海だ。

それを思うと上海名物のテロは、なるべくはやく掃除しておかなければなるまい。



中央部は特務工作を汪工作の一部と考えて、

ぜひとも成功させたいとこいねがっているのだ。


だが、よもや私が特工の責任者になろうとは、全く思いもかけなかった。

特務工作を土肥原中将の代わりに報告しただけだったのに、

その私が丁黙邨との連絡を命ぜられてしまった。これほど意外なことはない。



私のもとに配属された塚本大尉は上海の事情に明るい有能の士である。

また中島少尉は召集将校で目下華南で作戦中だが、

これまた中国の事情にくわしい旧友である。

影佐大佐の心づかいがありがたかった。



丁黙邨らに   「連絡せよ」   というのは私にあまり彼らに干渉をするなという意味だろう。

特工を成功させるには特工の経験がないわれわれが、なまじ口出してはいけない。

だが特工に対する日本の希望を彼らに実行させるにはどうすればよいか。



また、丁黙邨たちが敵のまわし者だったときは、

どうすれば後れをとらないですむだろうか。

だが、それに対する判決は、いつまでたってもつかなかった。

責任感の重圧と、浅い思案が決まりかけた考えをすぐグラグラさせるからだ。

でも、その日の午後遅く飛行機が南京に着くころになると、

混迷をつづけた思慮は曲がりなりではあるが、一応まとまった。



万一、だまされたときは思い切った荒療治をするが、

さしあたり工作を発展、成功させることだけを考える。

互いに疑わない信頼の上に、中国人だけで中国風に特工を築き上げ、

彼らの便宜を図ってその障害をとりのけてやり、そのほかは積極的には手を出さない。

かくして感激して工作に専念できる環境を丁黙邨たちにつくってやるのが、

特工を成功させる唯一の途だと思った。



注   晴気氏の部下となる塚本誠憲兵大尉とは、

   上海戦の所で出てきた塚本誠憲兵大尉の事だが、この時は台湾に赴任していた。

   この件で呼び戻される。
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