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1939年 土肥原機関終了

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/08 16:00 投稿番号: [1882 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
62p


《 それから三日ののち、私は一路南京へ飛んでいた。

鈴鹿、大阪をまたたく間にすぎて、

目の下には緑や黄にいろどられた淡路島が美しく浮いていた。

鏡のような紺青の水に白くあとをひいた汽船のかたまりが、

黒い煙をたなびかせて西へ向かって急いでいる。

行く先は天津か、上海だろう。



しかし、呉佩孚や丁黙邨のことだけにこだわっている私には、

この素晴らしい景観を賞でたたえるゆとりもなかった。

大本営が呉佩孚工作は中止と決めたので、

土肥原中将と大迫少将はとうとう内地に呼び返されることになった。



土肥原機関はかくして龍頭蛇尾、いたずらに世間の耳目を騒がせ、

たくさんの費用を使っただけで、あえない最後を遂げてしまった。

土肥原将軍は現職を退いて、責任を明らかにするつもりじゃないだろうか。

しかし、土肥原中将は満州東部の軍司令官に、また大迫少将は内地の旅団長に、

三月の異動で任命されるそうだ。

事変の前途はまだ遠い。私は土肥原中将の膝下に駆けつけて、

今後とも自重されるように是非ともお願いしなければならない。》



つづく
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