1937年12月12日 南京城攻略戦
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/05 18:34 投稿番号: [1875 / 2250]
児島襄著
『日中戦争4』
213p
《 第二十三連隊第三大隊も、十五センチ榴弾砲の支援をうけて城壁にせまり、
午後四時四十四分、第九中隊が、工兵が人柱でささえる仮橋をわたって
西南角城壁を占領した。
・・・
第九、第十六師団方面はいぜんとして苦戦がつづき、
第九師団第三十六連隊は催涙ガス弾攻撃をうけた。
・・・
214p
第六十六連隊主力は、中華門突入をこころみたものの、
門扉を破壊できずに攻撃を中止した。
第六師団地区では、第十三連隊が奮起していた。
師団の攻撃主力三個連隊のうち、
第十三連隊だけが城壁に日章旗をたてずに夜をむかえたからである。
第一大隊長十時和彦中佐は、第二中隊長松本正雄中尉に
「正子」(午前零時)
を期して中華門城壁を突破せよ、と命じた。
この夜は陰暦十一月九日。前半夜は月があるので、
月が沈んでからの攻撃を企図したのである。
目標の城壁は、第四十七連隊の右側にあたり、
第二中隊は、吉住義継少尉指揮の突撃隊を先頭にして、
工兵が立ち泳ぎしながらささえる渡橋をわたり、未明に城壁を占領した。
しかし、こうして南京城の南壁は日本軍の軍靴に制圧されたが、
他の囲壁は健在にみえた。
「我ガ砲兵射撃ヲ開始セバ、敵砲兵沈黙シ、我射撃ヲ中止セバ、
彼レ又射撃ヲ開始セリ」
という状況がつづき、南京城攻略には、なお一日の力攻が必要だと判断された。》
*
ここで注目すべきは、中国軍が
「催涙ガス」
を使っていたということです。
日本軍が、同じ物を使ったら、 「毒ガス」
と、毒々しく宣伝されます。
これは メッセージ 1871 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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