1939年 工作計画にビビる晴気氏
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/04 18:53 投稿番号: [1874 / 2250]
晴気慶胤著
『上海テロ工作76号』
毎日新聞社
54〜56p
《 歯には歯、テロにはテロ、ピストルにはピストルというのだ。
何という恐ろしい計画だろう。私は紙上に並んだ文字を見ただけで戦慄した。
これは現世に血の池地獄を生もうとするものだ。
暴力の乱用以外の何ものでもないではないか。
党大会以後の資金は、商民からの献金によると謳っているが、それは略奪を意味する。
仁侠の徒は武装すればゴロツキの集団となる。私は思わず強い口調で激しく非難した。
「これは乱暴な計画ですね。恐ろしいことになります」
「こんな殺伐なことは私も嫌いです。
だが、藍衣社はこうしてわれわれを攻めてきています」
計画を頭から否定されたと思って、
あわてた李士群は丁黙邨に遠慮しながら、必死になって所信を述べはじめた。
「悪い所は指摘して頂けば、ご指示通り訂正いたします。
だが問題は計画の内容ではありません。
この計画が誠実なものだと信頼して頂けなければ援助はお願いできません。
そこで昨日お目にかかったばかりの私たちが、
友邦の信頼を得るにはどうすればよいかということになります。
こんな一片の紙上計画をご覧に入れただけで早速助けて下さいとは、
申す方が無理とは重々承知しています。
もちろん私は一命にかけてあなたを裏切らないとお誓いしますが、
それだけでどうなりましょう。
ついてはさっきの子供ですが、わがまま者で困っていますから、
あなたのお手元でしばらく躾け直して頂けないでしょうか。
あつかましいお願いでまことに恐縮ですが、私どもの衷情に免じて是非お願いいたします」
真剣な必死の眼でじっと射るように私を見つめた李士群の顔には、誠意が満ち溢れ、
ついにはその眼には白いものさえ光った。
李士群は目の中に入れても痛くない最愛の子供までを人質に預けるから、
それに免じてどうか信用してくれというのだ。
家族を犠牲にしても、国難を打開しようというのだ。
それほどまでにつきつめた彼らとは思いがけなかったので、
私は彼のそうした気迫に押されてたじたじになってしまった。
そして辛うじて、「可愛い坊っちゃんでしたね。でも困りますよ。
私にはとても子供さんの面倒はみられません」 と力なく微笑みながら、
それとなくやっと人質を拒絶することができた。
日はもうとっぷり暮れて果てて、食堂には夕食の準備ができていた。
だが私は情けの締め木にかけられて決心を強要されるような気がして、
その座にはもうとどまることができなかった。
早く解放されてゆっくり一人で考えてみたかった。
そこで彼らの切なる引き止めを断り、帰路を急いだのであった。
すっかり疲れ果てて、北四川路の宿舎に帰りついた私は、そのままベッドに入って、
めまぐるしかった今日一日の出来事を思い浮かべていた。
特工とはえたいの知れない恐ろしい工作である。
片っぱしから相手を暗殺するような恐ろしいことが
この世の中で行われていいのだろうか。》
つづく
54〜56p
《 歯には歯、テロにはテロ、ピストルにはピストルというのだ。
何という恐ろしい計画だろう。私は紙上に並んだ文字を見ただけで戦慄した。
これは現世に血の池地獄を生もうとするものだ。
暴力の乱用以外の何ものでもないではないか。
党大会以後の資金は、商民からの献金によると謳っているが、それは略奪を意味する。
仁侠の徒は武装すればゴロツキの集団となる。私は思わず強い口調で激しく非難した。
「これは乱暴な計画ですね。恐ろしいことになります」
「こんな殺伐なことは私も嫌いです。
だが、藍衣社はこうしてわれわれを攻めてきています」
計画を頭から否定されたと思って、
あわてた李士群は丁黙邨に遠慮しながら、必死になって所信を述べはじめた。
「悪い所は指摘して頂けば、ご指示通り訂正いたします。
だが問題は計画の内容ではありません。
この計画が誠実なものだと信頼して頂けなければ援助はお願いできません。
そこで昨日お目にかかったばかりの私たちが、
友邦の信頼を得るにはどうすればよいかということになります。
こんな一片の紙上計画をご覧に入れただけで早速助けて下さいとは、
申す方が無理とは重々承知しています。
もちろん私は一命にかけてあなたを裏切らないとお誓いしますが、
それだけでどうなりましょう。
ついてはさっきの子供ですが、わがまま者で困っていますから、
あなたのお手元でしばらく躾け直して頂けないでしょうか。
あつかましいお願いでまことに恐縮ですが、私どもの衷情に免じて是非お願いいたします」
真剣な必死の眼でじっと射るように私を見つめた李士群の顔には、誠意が満ち溢れ、
ついにはその眼には白いものさえ光った。
李士群は目の中に入れても痛くない最愛の子供までを人質に預けるから、
それに免じてどうか信用してくれというのだ。
家族を犠牲にしても、国難を打開しようというのだ。
それほどまでにつきつめた彼らとは思いがけなかったので、
私は彼のそうした気迫に押されてたじたじになってしまった。
そして辛うじて、「可愛い坊っちゃんでしたね。でも困りますよ。
私にはとても子供さんの面倒はみられません」 と力なく微笑みながら、
それとなくやっと人質を拒絶することができた。
日はもうとっぷり暮れて果てて、食堂には夕食の準備ができていた。
だが私は情けの締め木にかけられて決心を強要されるような気がして、
その座にはもうとどまることができなかった。
早く解放されてゆっくり一人で考えてみたかった。
そこで彼らの切なる引き止めを断り、帰路を急いだのであった。
すっかり疲れ果てて、北四川路の宿舎に帰りついた私は、そのままベッドに入って、
めまぐるしかった今日一日の出来事を思い浮かべていた。
特工とはえたいの知れない恐ろしい工作である。
片っぱしから相手を暗殺するような恐ろしいことが
この世の中で行われていいのだろうか。》
つづく
これは メッセージ 1872 (kir**gotowa**me さん)への返信です.