1939年 丁黙邨らとの会談4
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/02 14:58 投稿番号: [1870 / 2250]
晴気慶胤著
『上海テロ工作76号』
毎日新聞社
51〜52p
《 そこで日本から援助を受けて工作をつづけたいと思い、
特務機関や海軍、総領事館などと相談しましたが、
国民党の更生運動だという一言だけで、どこへ行っても相手にされませんでした。
土肥原さんには最後の希望をかけてお目にかかったのですが、
それでもどうしても駄目ならば、再び独力によって新しくやり直すつもりでした。
でも将軍は実に熱心に私たちの話を聞いて下さいました。
思いがけなかった私たちの喜びをご想像下さい。
私たちは将軍にお目にかかって、日本人にはじめて親しみと尊敬を感じました」
私の先輩に酒井隆
(終戦時、第二十三軍司令官、戦犯処刑)
という将軍がいた。
彼は参謀本部の支那課長だったときに、私たち若い参謀連に
「日本人は相手の話に惚れやすくて困る。
中国人のたくみな口車には、特に警戒しないと失敗する」
とよく教えたものだった。
丁黙邨のこの話を聞いているうちに、私は酒井課長の戒めも忘れて、
丁黙邨たちと苦楽を共にした同志にでもなったような錯覚に陥り、
彼をなんとか援助してその素志の達成に協力したいと思った。
だが日本の国策は反共滅党と決められていたので、
今の私の力では、どうしてそれを変更できよう。
丁黙邨らの国民党更生による和平運動を直ちに援助することは、
まず不可能のように思われ、厚い壁にぶつかった感じであった。
私は真っ暗な絶望を感じながら、こういった。
「いろいろと有益なお話をうかがい、
われわれとしましても、たいへん参考になりました。
あなた方のご苦心の段、重々お察しします。
土肥原さんもできるなら助けてあげたいといっていました。
しかし出先のわれわれとしては残念ながら、
今のところこれだけしか申し上げられません」
丁黙邨は私の言葉がまだ終わらないうちに立ち上がって、
感謝にふるえる手をさしのべていった。
「いや結構です。ご厚情は感謝に耐えません。親切にそういって頂いただけで満足です。
ありがとう。こんなうれしいことはありません」》
*
「日本人は相手の話に惚れやすくて困る。
中国人のたくみな口車には、特に警戒しないと失敗する」
この警告は今でも通用します。
相手の話に惚れやすく、中国人のたくみな口車に、
簡単に乗ってしまう日本人のなんと多いことか。
つづく
これは メッセージ 1868 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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