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1937年12月11日 海軍の揚子江啓開

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/09/02 14:50 投稿番号: [1869 / 2250]
戦史叢書   『中国方面海軍作戦1』   465〜466p


十一日の経過

《 鎮江下流右岸は我が陸軍部隊の進出により、

残敵はおおむね掃蕩された模様であった。

「掃一、掃三号」(一掃第三小隊)   は   07:00   泊地発、 「山風、海風」   の

前路を掃海し、大港鎮まで嚮導した後、亀山から裕龍洲立標までの探海を実施した。

また田村一掃司令は第一、第二小隊の掃海艇四隻を率い   09:00   泊地発、

主隊の前路を掃海し、裕龍洲下端付近まで進出した。



14:00   ころ、第二十四駆逐隊及び   「安宅」   からの派遣陸戦隊は

尹公洲及びその対岸に上陸、管制機雷衛所及び電纜を捜索したが、

成果なく、 18:00   ごろ打ち切った。

また右岸に上陸した陸戦隊は、陸軍部隊と協力、焦山を占領した。



「保津、勢多、二見、熱海、比良」   並びに一掃各艇は、 16:25   泊地発、

丹徒水道を探海しつつ遡 (そ) 江し、都天廟狭水道付近に達するや、都天廟砲台

(十二糎 (センチ) 砲四門)   及びその東方陣地から猛烈な射撃を受けた。

これに対し、 16:30   第二十四駆逐隊各艦は掩護射撃を開始し、

神川丸機も協力爆撃を行った。



各艦艇は弾雨の中、掃海を続行し、17:00   ころ都天廟敷設線を掃海突破した。

拘束機雷はなかった。

本戦闘において各艦艇の船体各部に機銃弾が命中したが、

人員その他被害はなかった。



なおこの日   「比良」   は捕虜から焦山方面に機雷は敷設してない旨の情報を得た。

同艦に続き   「勢多、保津」   が焦山南水道を突破して鎮江に突入、

18:00   桟橋に横付けした。

この日、第一水雷隊   (隼、鵯欠)   は第一警戒部隊に編入され、 「栗」   が除かれた。》
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