1939年 土肥原中将と丁黙邨のやりとり
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/08/24 18:42 投稿番号: [1852 / 2250]
晴気慶胤著
『上海テロ工作76号』
毎日新聞社
32〜34p
「では、どうすればよいでしょう……」
丁黙邨の眼がキラリと光った。そして、
「上海のテロの元凶は、現場の犯人をうしろから指揮しているやつなのです。
それはいうまでもなく重慶の特務工作隊たる藍衣社の地下組織なのです。
日本軍警は現場の犯人は捕えることができますが、
藍衣社の地下組織ばかりはつぶそうとしても、ちょっと手が出ないでしょう。
昨年以来、たくさんのテロ犯人があちらこちらで日本軍警の手で捕まったはずです。
でもその結果、果たしてテロが減ったでしょうか」
テロは少しも減ってはいない。
残念ではあるが丁黙邨のいうところは、否定できない事実であった。
最近数カ月の間だけでも上海で血なまぐさいテロの犠牲となった
日華の要人は、おびただしい数にのぼっている。
唐紹儀をはじめとして、維新政府の軍政部長周鳳岐および外交部長陳録や
上海市長傅筱庵
(ふしょうあん)
などの大物から維新政府の官僚、
日本に好意を持った租界当局の職員、戦争に反対した華商、
日本軍の手先となって活躍した群小の中国側政客、
その他日本軍のために働き、日本に好意をもつといわれる大小多数の要人たちや、
租界を散歩する日本軍将兵など、犠牲者の数はとっくに百人を超えている。
犯人も七、八十人ぐらいは捕えた。
しかしテロは少しも減らず、ますます激しくなるばかりで、
本年
(昭和十四年)
一月だけでも四十件以上のテロ事件が起きた。
その上、これらの凶行は、
今までは日本軍の力が及ばない租界だけにかぎって行われたが、
このごろは日本軍が直接警備する虹口、楊樹浦
(ヤンジッポ)
などの地区でも
頻発しはじめ、ときには罪もない婦女子にまで危害を加えるなど、
戦慄すべき惨害を現してきた。
これらはすべて丁黙邨の言葉を裏書きするものであった。
丁黙邨の嘲笑に対して、一言の抗弁をも許さないものがあった。
丁黙邨の説明は、なおもつづけられる。
「藍衣社の服務大綱には、 『愛国心のない冷血漢、奸商、
売国奴がはびこるのを防ぐためにこれを殺害し、民衆を恐怖に陥れて……』
と藍衣社のテロの目的を述べていますが、
それは要するに特工
(特務工作)
の目的を遂げる手段にすぎません。
特工とは、政府、政党、結社などの政策を組織の力で裏面から推し進める政治工作です。
上海のテロの元凶は敵の特工ですから、このテロを取り締まるのには、
敵の特工組織を打ち砕かねばなりません」
私には丁黙郡の説明がよくわかった。
上海でテロ対策に苦心していた日本側の直接責任者は
上海憲兵隊の特高課長、林秀澄少佐だった。
彼は同期生の私に
「藍衣社を検挙したいが、その正体がわからないからつかみようがない」
といって残念がり、
藍衣社を掃討しなければテロは根絶しないと力説したのを思い出したからだ。》
つづく
これは メッセージ 1850 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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