入って中国人に南京事件真相議論しましょう

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

1939年 土肥原機関 丁黙邨の演説

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/08/22 18:37 投稿番号: [1848 / 2250]
晴気慶胤著   『上海テロ工作76号』   毎日新聞社
28〜30p


《 清水書記官の話がすむや、彼は跳びかかるように土肥原中将にいった。


「今日はお目にかかることができてたいへん嬉しく思います。

お忙しいだろうとは存じますが、しばらくの間お邪魔させてもらいます。

いろいろお話をうけたまわりたいと思いますが、その前に私たちの立場を、

ちょっと申した方がよいと思いますが、いいでしょうか」



かん高い声が金属的な響きで、抑えがたい焦燥を伝える。

とげとげしい口調は、つきつめた心の狭さをあらわしているようで、

彼が口を切った瞬間、それまで和やかだった一座の空気がぐっと異様に緊張した。


李士群は苦笑しながら横から静かにささやいて、丁黙邨をおだやかになだめたが、

もう興奮し切った丁黙邨は怒ったように振り向きもしない。

まるで喧嘩腰である。さすがの土肥原中将も、いささかあきれ顔であったが、

それでもなお、さりげなく丁黙邨の言葉に合づちを打ちながら、

おもむろに次の言葉を待った。



「では率直にいわせてもらいます。われわれ国民党員は、お国となんとかして

手をつないで、東洋の平和と繁栄を図ろうとつとめてきました。

だがお国は力にまかせて侵略をつづけて、

ついにこんな戦争をひき起こしてしまいました。

私は心から日本を呪い、真っ先になって復讐することを誓い、

死んでも日本の奴隷となるなと叫びました」



目は血走って、興奮し切った顔は真っ赤に輝いている。

単に興奮したからというのではないらしい。どうも病的な頬のほてりかたである。

ときどき力のない咳がしきりに出る。あるいは胸でも悪いのではないだろうか。

清水書記官はあまりにはげしい彼の語調に驚いて、

そのまま通訳するのをためらいがちだったが、土肥原中将は気にもとめずに、

相変わらずにこやかに、あとの言葉をうながしていた。



「しかし、間もなく戦争をつづけるのは今の中国を滅ぼすものだと気がつきました。

中国共産党が戦争を長引かそうと専念していることを知ったからです。

彼らは戦争をできるだけ長びかせて、中国の混乱と窮乏に乗じて力をのばし、

ゆくゆくは国民党を滅ぼして中国を共産化しようとしています。



しかるに日本は以前とは態度をすっかりかえて、

このごろは中国の繁栄をのぞみ、平和を求めているようです。

中国を救うものはもはや抗戦ではなく平和です。


だが、国民党の頑固派は、共産党の口車に乗って勝つ見込みもない戦争を、

無知な国民に強要して中国を亡国に導いています。もう我慢ができません。

私たちは微力だが、国民党の中国を守るために頑固派と戦おうと決心しました」



興奮すればとめどがなくなるたちらしく、いよいよ充血した両眼には涙さえ光っている。

けれども、なんという直情径行な、ズバリとした言い方だろう。

昨日までは憎しみの的だった敵将のふところにいきなりとびこんできて、

短刀直入、信ずるところをズケズケ述べて臆するところもない彼であった。

土肥原中将はひよわい体をしたこの中国人の無躾さにあきれはてていた。



それは土肥原中将の中国生活三十年を通じてはじめての体験だった。

とりとめもない雑談の片言のなかから相手の考えを推測して、

あわてずあせらず、遠まわしに話をするのが一番上手な外交のしかたとした

中国地方の政客たちとはあまりに違う、南方の若い中国人だった。

さすがに李士群も緊張して、吸いさしの煙草を急いでもみ消して、

土肥原中将の表情いかにと見つめていた。》


つづく


*   日本は最初から   「中国の繁栄をのぞみ、平和を求めて」   いたんだけど、

   遅ればせながら、それに、気づいただけでも、えらい。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)