1938年11月15日 今井中佐の報告
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/07/30 18:38 投稿番号: [1800 / 2250]
児島襄著
『日中戦争5』
文春文庫
180〜182p
《 上海での協議はまとまり、今井中佐は、十一月十五日、
東京の陸相官邸で、以上の内容を陸軍省、参謀本部の幹部に報告した。
一同は、おどろいた。
武漢戦がおわり、政府、軍の幹部たちがいっせいに思い悩んだのは、
あとどうするか、である。
前年の七月七日の盧溝橋事件いらい、武漢攻略まで一六カ月余の
「日中戦争」
は、
表面的には 〝連戦連勝〟 であっても、そのなかみはむしろ苦戦と難戦の連続であった。
とにかく勝ったんだ
−
と、戦いの内容の詳細を知らぬ、
あるいは知っていても眼をそらす一部の者は
「攻勢」
の継続をとなえるものの、
幹部たちは、事情を知れば知るほど前途にたいする憂慮をさそわれる。
「歓呼万歳の声も、戦争指導当局の耳には徒
(いたずら)
に哀調を留め、
旗行列何処へ行くかを危
(あや)
ぶましむ」
この参謀本部戦争指導班員堀場一雄少佐の感慨は、
「心ある人々」
に共通していたはずである。
おりから、ヨーロッパの戦雲は日ましに色濃くなり、
それだけに、中国での紛争を武力以外の方法で解決し、
軍備は
「他方面」
にそなえたいとの願望も、指導層にはひとしおであった。
「呉佩孚工作」
もそのための施策であったが、工作はすすまず、
頓挫の気配をみせはじめていた。
そこに、 「大物」
汪兆銘が蹶起し、しかも、
日本占領地外に反蒋政権を樹立する、という報告である。
「呉佩孚工作」
は、成功しても、中国側からみれば日本傀儡でしかないが、
汪兆銘の蹶起であれば、それは自発的性格をもつだけに中国国民の支持と
「事変」
の政治的解決も期待される。
「君は中国人に歎されているのではないか」
今井中佐は、そんな質問をうけた旨を記述しているが、
幹部たちにしてみれば、事態収拾に思いあぐねているときの突然の
「うまい話」
に、当惑気味でさえあったのであろう。
中佐によれば、陸軍省軍事課長田中新一大佐が、みんなの責任でやろう、といって、
課長クラスがまとまり、陸相板垣征四郎中将、参謀次長多田駿中将も同意した、という。》
*
これは、元々、松本重治氏がやっていたことだが、松本氏が病気で倒れ、
別の人の所に話が行っているため、理解されにくくなっている。
影佐大佐の所に行けば、話が解っていたのに。
これは メッセージ 1794 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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