1938年11月12〜14日 上海での会談
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/07/27 18:59 投稿番号: [1794 / 2250]
児島襄著
『日中戦争5』
文春文庫
179〜180p
《 武漢が陥落すると、汪兆銘の
「和平心」
は強化され、
特派員梅思平のほかに外交部情報司日蘇科長周隆庠を派出した
二人は、香港の元亜州司長高宗武とともに上海にあつまり、
十一月十二日から十四日にかけて、日本側の参謀本部第二部支那班長今井武夫中佐、
満鉄嘱託伊藤芳男、満鉄南京支店長西義顕と会談した。
会談では、これまでに話しあわれていた次のような 〝和平条件〟 が
あらためて検討された。
①「日華防共協定」
の締結と
「防共駐兵」
②満州国の承認
(中国側)
③治外法権の撤廃と租界の返還
(日本側)
④日本の優先権を認める経済提携
⑤和平後に撤兵開始し二年以内に完全撤兵。
ただし
「防共駐兵」
は協定期間存続(日本側)
これにたいして、特派員梅思平と科長周陸庠は、
合意の成立にともなう中国側の
「挙事計画」
を提示した。
(一) 汪兆銘は、日本政府の条件承認を知った一両日後に、
同志とともに重慶を脱出して昆明にむかう。
(二) 汪の昆明到着後に、日本政府は和平条件を公表する。
(三) 汪は蒋介石との断絶を声明し、ハノイ経由で香港に出て、
和平呼応および反蒋声明を発表する。
(四) 汪の声明に応じて、雲南軍、四川軍が反蒋独立する。
雲南省主席龍雲と四川軍将領とは同志としての盟約がある。
(五) 汪は、雲南、四川その他の日本軍未占領地域に新政府を組織し、
日本は広西、広東から撤兵して両省を新政府の
「地盤」
に加える。
…………
上海での協議はまとまり、今井中佐は、十一月十五日、東京の陸相官邸で、
以上の内容を陸軍省、参謀本部の幹部に報告した。》
これは メッセージ 1772 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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