1938年9月11日 日本軍催涙ガス弾使用
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/07/06 18:41 投稿番号: [1752 / 2250]
児島襄著
『日中戦争5』
文春文庫
53p
《
−
九月十一日、
第十三師団総攻撃
−
の日である。
・・・
八〇〇高地右側の第百四連隊は、前述した
「スケジュール表
」にしたがって、
丸山を攻撃した。
午後一時に砲撃を開始し、午後二時に第二、第三大隊が前進をはじめた。
午後三時、砲兵は歩兵の突撃支援のために煙弾と催涙ガス弾をうちこんだ。
「山一面は白煙と黒煙におおわれて凄惨な様相を呈し、
第一線将兵は地獄の中にある感じさえした」
しかし、攻撃は順調にはすすまなかった。
第百四連隊の左側の第六十五連隊は、第三大隊にマンジュウ山を確保させ、
第一大隊に三角山を攻めさせながら、第二大隊による八〇〇高地突撃をこころみた。
だが、中国軍の抵抗は激しく、八〇〇高地の中腹の部落にとびこんだ
第二大隊第八中隊は、そこで
「十字砲火」
の渦にまきこまれて
「行動不能」
になった。》
55〜56p
《 −
午後九時すぎ、
・・・
第百四連隊は丸山にたいする黎明攻撃を準備し、第六十五連隊は、
第二大隊が八〇〇高地の頂上まで約五百メートルの地点にせまっていた。
第六十五連隊戦記
『花の白虎部隊』
は、この稜線を
「血の道」
と回顧するが、
その呼称に誇張はなかった。
遅滞戦闘を命じられた中国軍第八十八師第五二八団の抗戦はめざましく、
機銃を乱射し、手榴弾を
「ナダレ」
のようにころがし落して、
第二大隊の接近を阻止した。
催涙ガス弾をうちこんだが、おりが悪く、風は上から下に吹いてきて、
ガスだ、防毒面だ、とあわてるのは、第二大隊自身であった。
そのガス煙をとおして、山頂のマイクから中国人なまりの日本語が流れてくる。
「ニホングンノミナサン、ココハアナタガタノクルトコロジャナイ……
クレバ、ミナ、シニマス……」
丁重な言葉づかいだけに、かえって小馬鹿にされた印象をうけ、
第二大隊将兵は、歯ぎしりした。》
これは メッセージ 1748 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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