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1937年 杭州湾上陸作戦の立案

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/05/12 15:16 投稿番号: [1640 / 2250]
追加の三ケ師団が九月下旬から十月上旬にかけ、逐次、呉淞、上海間に上陸し、

戦局は少しは進展しましたが、まだ、はかばかしくありません。



井本熊男著   『支那事変作戦日誌』   153p


《 特設師団を動員することに関しては、種々の問題があった。

…特に東京で動員する第百一師団が問題となった。

・・・

動員完結の日、私は歩兵第一聯隊の営庭で行われた第百一聯隊の軍装備検査を

視察した。なるほど、これは年よりの集りだというのが第一の印象であった。

皆一家の主人で、家庭を支えている大黒柱の年配である。

訓練は長年ほとんどしていない。   指揮官にも現役はほとんどいない。

これでは当分戦力は出まいと思った。》


153p

《 対ソ関係を考えて検討すると、そう精鋭師団ばかり出すわけには行かないので、

遂にこの決定となったのである。》



*   これでは戦争は中々終わりそうにありません。   一方、9月28日、

   下村定少将が石原少将のあとを受けて作戦   (第一)   部長に就任しました。



155p

《 下村新第一部長は、支那事変を始めた以上、敵に対し有効な打撃を与えるまで、

積極的に作戦を遂行すべきであるという思想を抱いていた。

上海の戦況を打解するためには、

戦略的に効果の大きい杭州湾上陸作戦を行う必要のあることを始めから考えていた、

と自ら回想している。

結局杭州湾上陸は、下村第一部長がその気運を醸成して

発動することになったのである。》



戦史叢書   『支那事変   陸軍作戦1』   385p


《 10月4日   部長統裁のもと第二・第三課長以下の関係部員が参集して・・・研究した。

作戦当事者は   「上海は・・・、兵力は五個師団で大体いいのではないか」・・・

しかし部長は   「上海方面をそのままにしておいたのでは戦局の終結が求められない。

この方面で積極的に行動し所望の戦果を獲得するのが急務」   と述べ、

部内の意見を統一した。



当時、参謀本部は、ソ連が対日攻勢に出るとすれば、

11、12月の晩秋初冬のころであろうと判断し、この時期戦線膠着状態であれば、

ソ連に対日攻勢の好機を与えることを憂慮し、

それまでに戦局を打開することを企図していたのである。》



*   結局、下村新第一部長もソ連が心配で、

   中国との戦争を早く終わらせたかったわけです。

   彼は拡大派の部類に入ってますが、

   けっして支那事変を拡大したかったわけではありません。

   強い力で叩いて、早くやめさせたかっただけです。



戦史叢書   『支那事変   陸軍作戦1』   384p

《 一、上海方面

(2)   第十軍ヲ以テ   杭州湾北岸ニ上陸セシメ   上海派遣軍ノ任務達成ヲ

   容易ナラシム

十一日、「今後ノ作戦ニ関スル件」   につき検討し、次のような状況判断を行い、

十二日次長の決裁を得て総長に報告した。》
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