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1937年 トラウトマン工作の発端

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/05/08 18:41 投稿番号: [1632 / 2250]
トラウトマン工作は石原第一部長の辞任から始まります。


参謀本部の作戦部長を辞任した石原少将は9月27日、満州に転出しました。

その前に部下の馬奈木中佐に、和平工作を依頼していきます。



松本重治著   『上海時代・下』   224〜225p


《 九月二十七日附で、不拡大派の総帥であった参謀本部第一部長石原少将は

中央を追われ、関東軍参謀副長に補せられてしまった。

東京を発つ数日前に、部下の馬奈木 (敬信) 中佐に対し、



「イギリスの調停は、あまり好かなかったが、それがだめとなったから、

どうしてもドイツに調停を頼んで欲しい。

君はドイツ通だから、オットー大使館附武官と相談して、

何とかして、やって欲しい」   と、

局面の収拾のためのいわば遺言のようなものを残して、満州に赴任した。

これが、トラウトマンの仲介交渉の発端であった。 》



井本熊男著   『支那事変作戦日誌』   192p


《 十二年九月、石原第一部長の転出直前、当時第二部部員であった馬奈木中佐は

会食懇談の席上で

『今度支那の大使に着任したトラウトマンはベルリソで補佐官をしていた時代の

友人である』   と話したところ、



石原第一部長は   『それは願ってもないことだ。すぐ支那に行って

トウラトマンと会い、日支和平工作に関する手がかりを作ってくれ』

と云い出した。

結局馬奈木中佐は在京のドイツ武官オットー大佐と同道して上海に赴き、

オットー大佐がトラウトマンと会談する橋渡しの役をしたというのである。 》
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