1937年 膠着状態の上海戦線2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/05/07 18:51 投稿番号: [1630 / 2250]
井本熊男著
『 支那事変作戦日誌 』
芙蓉書房出版
150〜151p
《 第三師団の先遣隊は、上陸後全面に数線の敵陣地があって、
戦況は激しさを加えるのみで、なかなか進まない。
第十一師団先遣隊は、上陸後約五日間で約六キロ南方の羅店鎮を占領したので、
戦況は有利に進捗
(しんちょく)
するかに見えたが、
それから後約一ケ月の間、主力が到着加入しても戦線は膠着
(こうちゃく)
して
ほとんど動かず、かえって敵の攻勢に対応するのに苦労する戦況であった。
その後第三師団方面は、ウースン・クリーク以北においては
九月九日までに上陸江岸から僅かに約三キロ前進して、
宝山城からその西方を南北に走る泗塘クリークの西岸に進出した。
ウースン・クリーク以南においては、兵站
(へいたん)
部隊が
黄浦江岸から二キロの泗塘クリークの線に進出した。
上海共同租界に近い黄浦江岸には、始め第三師団の飯田支隊が上陸したが、
支隊長は間もなく戦死した。
次いで同師団の片山支隊は飯田支隊を併せ指揮して九月十三日、
江湾正面に進出して近く敵陣地と相対した。
この線は、黄浦江岸から僅かに四キロばかり前進した位置である。
九月二十八日、片山支隊は第百一師団の谷川支隊と交代して第三師団主力に復帰したが、
以後十月二十五日まで谷川支隊はその位置から動くことはできなかった。
すなわち我方は、江湾の敵陣地の前に、二ケ月間膠着していたのである。
海軍陸戦隊は共同租界の周囲にへばりついたまま、
上海戦の最後まで動くことができなかった。》
これは メッセージ 1624 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/1630.html