続 揚子江流域領事館員の引揚げ
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/04/12 18:51 投稿番号: [1579 / 2250]
揚子江流域領事館員は以前に引揚げようとしましたが、
揚子江を封鎖されたため、水路からの引き揚げができなくなりました。
そこで、今度は鉄道を使って青島に向かう事にします。
なお、上海も攻撃を受けているため、上海居留民の引揚げも始まりました。
戦史叢書
『中国方面海軍作戦〈1〉』
303〜304p
《 また南京の動揺は十三日戦火が上海に波及するとともに激化し、
殊に十四日中国側の上海盲爆により同方面の事態は最悪に立ち至り、
外務中央部は在南京の日高参事官に一斉に南京を引揚げられたき旨、訓電した。
十四日
16:00
日本大使館と国民政府外交部との間に、
岳陽丸による南京逆もどりの我が引揚げ官民は十五日午前浦口発、
特別列車で津浦線経由により青島に送達のことに交渉が成立した。
かくて十五日午前、引揚げ官民一行一四六名は浦口発、
十六日朝済南に、同日夕青島に到着した。
右引揚げ後も残務整理のため居残った日高参事官以下大使館、総領事館館署員計二二名は、
十六日午後全点大使館を退出、夕刻浦口から列車で出発、十八日朝青島に安着した。
揚子江流域各地から一応上海まで引揚げて来た居留民は、
上海の状況にかんがみ、更に内地に引揚げた。
九日大山事件発生、避難帰国を要望する者が激増した。
よって、十三日出港の長崎丸、上海丸を第一船として大量引揚げを開始した。
十三日、日中交戦関始されるや婦女子及び一部の男子に総引揚げが命ぜられ、
十五日から二十二日までに
「龍田、欒洋、長江、上海、長崎、諏訪、安洋」、
富士丸を一一回配船して、十九日までに婦女子の引揚げを完了し、
二十二日までに引揚げ希望者のほとんど全部の引揚げを完了し、
その数一四、三〇〇人に及んだ。
上海残留者は官公吏、会社員、在郷軍人、時局委員会関係者など
七、〇〇〇人にすぎなくなった。》
これは メッセージ 1551 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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