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4月7日、主目的のない徐州作戦

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/04/12 18:44 投稿番号: [1578 / 2250]
児島襄著   『日中戦争4』   文春文庫
330〜331p


《    −   四月三日、

といえば、台児荘では、なお日中両軍の死闘がつづいているときであったが、

東京では、参謀本部が武漢攻略に連結する形での徐州作戦を内定していた。

そして、四日後、台児荘から日本軍が反転した七日、

正式に作戦命令   「大陸命第八十四号」   が示達された。

「大本営ハ、徐州付近ノ敵ノ   撃破ヲ企図ス」



この徐州作戦の決定は、これまでの不拡大方針の転換、いや、その放棄といえるが、

決定の経緯は、しごくあっさりとしたものであったらしい。

参謀本部作戦部長橋本群少将によれば、もともと戦面不拡大の方針は

「絶対的」   なものではなく、 「兵力の関係上、時期的のもの」   であった、という。


「而して、其の変更は、必ずしも中央の自発的方針の変換より来たものではなく、

現地の状況がさう云ふ風になつて来たのであります。」



では、その   「現地の状況」   とはなにか、といえば   −

「せっかく敵が目の前に中央軍の精鋭を含む大兵力を集めたのだから……

(その)   兵力を敲   (たた)   くと云ふことは、一つの戦機でもある」

少将は、それ以外の動機は明示せず、また、作戦課長稲田正純中佐も、

「敵の主力を寄せつけた結果となったので、それでは徐州作戦をやろう

ということになり、急いで準備にとりかかった」

と、回想している。



そこに敵がいるから   ―   というのが、台児荘をめざした第二軍の発想であったが、

徐州作戦にもまた類似の思考の安易性がうかがわれる。

その点は、作戦の指導にあたる橋本少将ら参謀本部の主務者と、北支那方面軍、

中支那派遣軍、臨時航空兵団の幕僚たちとの打ち合せ会議でも、露呈された。



作戦目的を敵主力の撃滅におくか、それとも徐州という要地占領に設定するのか、

という基本的命題が討議されたのだが、結局は意見は対立したままで、

参謀本部側も明確な判決をくださずに終っているからである……。



だが、ともかくも、徐州作戦は決定され、北支那方面軍は四個師団、

中支那派遣軍は二個師団を投入することになった。》
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