揚子江流域領事館員の引揚げ
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/29 18:55 投稿番号: [1551 / 2250]
戦史叢書
『中国方面海軍作戦〈1〉』
302〜304p
《 漢口上流各地領事及び館署員を中心とする少数の我が官民は、
八月七日の居留民総引揚げ後、なお岳陽丸と共に漢口に残留した。
やがて食糧の供給が途絶したため、総員総領事館内に籠城したところ、
租界内発電所閉鎖のため館内は無燈となった。
ここにおいて松平総領事代理は総引揚げ断行を決意した。
岳陽丸の収容力不十分のため、まず一部が八月十日夜漢口発の英国船隆和で下江し、
次いで松平総領事代理以下五二名が、十一日 16:00 漢口発の岳陽丸で下江した。
「隆和」
乗船者は十二日夕南京で下船し岳陽丸に移乗した。
南京では八日洛陽丸による引揚げ後、残留者は総計五五名となっていた。
十日午後、日高参事官は外相あて、南京市内の状況を次のように報告した。
ソノ後
当地市内ノ情況
目立チタル変化ナキモ
各機関ノ建物
及
民家ハ殆ド全部
防空保護色ニ
塗リ替ヘラレ、 防空
及 防火訓練モ
随時行ハレツツアリ。
市民ノ南京立退ハ
多少緩和シタルモ
猶 続々行ハレツツアリ。
中華民国海軍部顧問として、中国海軍軍人の直接指導に当たってきた
寺岡謹平海軍大佐は、身辺の危険を感ずるに至り、
十日正午をもって指導を打ち切り、十一日中国海軍部を訪問して、その自重を促し、
十二日大兵丸に乗船、更に
17:00
漢口から下江して来た岳陽丸に、
漢口上流各地領事らと共に移乗した。
岳陽丸は同日 19:00 上海に向け南京発、
翌十三日 03:00 江陰にさしかかったところ、中国軍艦海容に停船を命ぜられ、
江陰要塞付近の水路危険につき通航を禁止する旨宣告された。
06:00 海容艦長欧陽勣が来船し、江陰付近水路及び江陰−上海間の航行危険につき、
南京に引き返されたい旨勧告したので、 07:00 出港、 19:00 南京に到着した。》
*
「中国が
『安全を保証する』
と言っている以上、これを信頼すべきだ。」
とか
「海軍がいるから、戦争になるのだ」
とか言って、
引揚げに抵抗していた人達の愚かさが判ります。
結局、租界への交通及び電話を遮断され、食料と電気まで止められ、
引揚げざるを得なくなりました。
この人達は、身は中国にあっても、頭はヴァーチャル・リアリティの世界に
居るので、現実の中国が見えないのです。
そして、彼らの感覚は、今の平和主義者と全く同じです。
*
また、岳陽丸が江陰で追い返されたのは、この数時間前に船を沈めて、
揚子江を封鎖したからでした。
それは14日に、判ります。
つづく
これは メッセージ 1534 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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