入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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シェノールト中国に雇われる

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/04/02 18:54 投稿番号: [1559 / 2250]
アラン・アームストロング著   『幻の日本爆撃計画』   日本経済新聞出版社


25p

《 一九三六年七月二〇日、中国航空問題委員会はシェノールトに、

さらに興味をそそる機会を提供した。

中国空軍の高度追撃訓練を完全に取り仕切る権限を与えたい、と申し出たのだ。

中国空軍がどのような機種の戦闘機を購入すべきかを、

シェノールトの意思で決定できるというのだ。



また、中国空軍の運営に関して、訓練マニュアルや戦術面での指令も

起草することになるという話だった。

さらに、航空機警報システムを開発するに当たっては、中国政府の協力が約束される。

米中間を旅する際の旅費は支払われ、中国航空問題委員会の防空顧問として

年額一万二〇〇〇ドルの報酬が支給される。

要するに中国は、シェノールトに対して新しい申し出を行なうことによって

〝掛け金〟 を増やしたわけである。



中国に仕えれば、陸軍航空隊がシェノールトに対して拒んできたまさにそのもの、

つまり空中戦に関する彼の理論の正当性を立証する環境が拓かれる可能性は十分にあった。

アメリカの中立法に抵触するあらゆる可能性を排除するため、

シェノールトの雇用主は、名目上、バンク・オブ・チャイナ   (中国銀行)   に

なる手はずだった。》


27p

《 一九三六年から三七年にかけての冬に、彼は、過労と、

今日ならたぶんノイローゼと称される症状で、数回の入退院を繰り返すことになる。

ついに、陸軍航空隊退職勧告委員会は一九三七年二月二五日に会合を開き、

シェノールトに航空隊から身を引くよう勧告した。》


28 p

《 一九三七年四月三〇日、シェノールトはアメリカ陸軍航空隊から退役した。》



*   彼は中国へ旅立ち、途中日本でスパイ活動をしました。


29 p

《 シェノールトの日記の一九三七年五月八日付の記載には、こうある。

「プレジデント・ガーフィールド号に乗船、午後二時、大いなる冒険への航海が始まる」。

サンフランシスコを出港すると、シェノールトは日本の神戸に向かった。

そこで彼を待っていたのは、以前、陸軍航空隊のアクロバット・チームで

彼のウィングマンを務めたビリー・マクドナルドだった。

もう一人の元ウィングマンのウィリアムソンは、そのころ中国本土にいて、

中国人のパイロットに操縦術を教えていた。



神戸で下船したシェノールトはマクドナルドと共に、アマチュア・スパイさながらに

関西の主要都市周辺を旅し、各地の産業・軍需施設を密かにカメラに収めた。

今日われわれに言えるのは、これら二人のパイロットによるこの行為は

中国人上官から命じられたものではなく、

どうやらあくまでも自然発生的なものだったようだということだ。

シェノールトは直ちに日本の家屋や工場の脆弱な構造に注目し、

焼夷爆弾を上空から投下すれば日本国内の建物に壊滅的な打撃を

与えることができると確信した。》



*   このシェノールトという男、盧溝橋事件も始まっていない時から、

   日本の民家を焼夷弾で焼き払う事を考えていた、とんでもない奴です。

   日本の軍人で、戦争も始まってない内から、中国の民家を焼き払う事を

   考えてたりしたら、戦後どんな悪人にされたか。
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