東條英機 ドイツの抗議を一蹴
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/24 14:05 投稿番号: [1540 / 2250]
ラビ・M・トケイヤー著
『ユダヤ製国家日本』
加瀬英明訳
46p
《 ドイツ外務省が日本政府に対して、
大量のユダヤ人難民を満州国へ入れたことに対して、強硬な抗議を行った。
この抗議は、東京から新京の関東軍司令部へ、すぐに伝えられた。
すると、東條参謀長は難民を受け入れたのは、
「当然なる人道上の配慮によって行ったものだ」
として、一蹴した。
この時、東條参謀長が樋口に許可を与えなかったとすれば、
ユダヤ人難民が救われることはなかった。》
関東軍はユダヤ人を差別しないことを決めていた。
ラビ・M・トケイヤー著
『ユダヤ製国家日本』
加瀬英明訳
44p
《 関東軍司令部は一九三八
(昭和十三)
年一月に、
「現下ニ於ケル対猶太民族施策要領」
を定めていた。
これは、東條参謀長が決裁したものであった。
要領は日本がユダヤ人を差別しないことについて、
「独逸其ノ他ノ
列国ニ対シテハ
我民族協和、八紘一宇ノ精神並ニ
防共ノ大義ニ
遵由
(じゅんゆう)
スルヲ諒解セシメ
誤解ナカラム」
(第四項)
と、述べていた。》
*
ちなみに松岡洋右は、後に
「私はドイツと同盟は結んだが、
ユダヤ人を殺す約束まではしていない」
と言いますが、
彼は、第一次大戦の講和会議のとき、外務省の新聞班としてパリにいました。
そして、日本が持ち出した
「人種差別撤廃」
を、
「民族自決」
を唱えたウイルソン米大統領が強硬に反対して、
潰すのを見ています。
英国もまた、白豪主義を唱える属領オーストラリアに反対を言わせていました。
松岡は、こうした白人の人種差別に、不快感をもっていたでしょう。
これは メッセージ 1535 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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