3月12日 ユダヤ人難民ハルピンへ
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/22 18:34 投稿番号: [1535 / 2250]
樋口は
「人道上の問題」
としてユダヤ難民の受け入れを決め
満州鉄道総裁の松岡洋右に特別列車の要請をし、
現場では樋口の部下である安江仙弘が奔走した。
ラビ・M・トケイヤー著
『ユダヤ製国家日本』
加瀬英明訳
42p
《 樋口は東條の同意を得て、満州国外交部(外務省)と折衝したうえで、
ユダヤ人難民を入境させる措置をとった。
この結果、満鉄が何本もの救援列車を、満州里駅まで派遣して、
国境を歩いて渡った難民を収容した。》
3月12日、ハルビン駅にユダヤの人々が到着。
ユダヤ難民たちは地元の商工クラブや学校へと収容され、
そこで炊き出しを受けた。
M・トケイヤー著
『ユダヤ製国家日本』
加瀬英明訳
46p
《 オトポールに集結したユダヤ人難民の大多数が、ドイツ旅券を持っていた。
旅券には赤い字で大きく、ユダヤ人の 〝J〟 を示すゴム印が、押されていた。
ドイツ政府はユダヤ人は子供にいたるまで、衣服にユダヤの象徴である、
黄色の 〝ダビデの星〟 の縫い取りをつけることを、義務づけていた。
難民たちはドイツから出国した時に、
この屈辱的な縫い取りをいっせいにはぎ取って、捨てていた。》
これは メッセージ 1527 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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