漢口情勢の険悪化
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/15 18:45 投稿番号: [1522 / 2250]
戦史叢書
『中国方面海軍作戦〈1〉』
301p
《「鳥羽」 (艦長
久保田智中佐)
は、第十一戦隊司令官の命により、
三十一日漢口発、翌八月一日夜蕪湖に到着した。
三日までは平静であったが、四日、各種抗日後援会が組織された。》
296p
《 八月三日、漢口では日本人使用の中国人に対する圧迫が加わり、
日本人経営の工場は中国人職工の欠勤で就業不能となり、
また日清汽船の中国人船長は乗船を拒み、
武昌では学生の抗日運動が激化した。
軍隊の移動、陣地構築、建築物の対空迷彩などと相まって
漢口は元より流域各地の全面的引揚げは、もはや時間の問題となった。
三日の見通しでは、漢口の任意引揚げは、日清汽船便により八日までに終わる見込みで、
後男子約五〇〇名が残留のこととなった。
このように既に漢口では引揚げ準備に多忙を極めていたので、
当時既に開始された漢口上流各地居留民の引揚げは上海直航のこととなった。》
299p
《 漢口では五日 22:00 ころから、中国側が日本租界への交通及び電話を遮断し、
六日零時ころから租界周囲全線の土のう陣地に兵力を増強した。》
つづく
これは メッセージ 1520 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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