3月5日 松本氏、高宗武と和平を語る1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/03/14 18:43 投稿番号: [1519 / 2250]
松本重治著
『上海時代・下』
中公新書
262〜264p
《 たしか三月の五日だったと思う。
「同盟」 の中南支総局に、私宛の電話がかかった。
私が受話器を取ると、 「シゲちゃん、誰だか判るかい?」。 声に憶えがある。
「宗武 (ツンウー) だろう」 というと、
「そうだ。今、仏租界の友人の家からかけているのだ。都合がよければ、
来てくれないかね。話がしたいのだ」 「よし、すぐ行くよ」 と、車を飛ばして、
教えられた仏租界のカウフマン路の家のベルを押した。
高 (宗武) 君自身が玄関の戸を開き、私を招じ入れたが、
応接間も、どこも、暖房はなく、召使のものも一人もいない様子だ。
お互いに元気を喜びながら、挨拶もそこそこにして、すぐ話の主題に入った。
高君は、 「君だけに会いにやってきたのだよ」 と前置きしながら、すぐ質問を始めた。
要するに、 「爾後国民政府を対手にせず」 という日本政府の声明は、
ほんとうに本気なのか、どうか、という問題であった。
私は、 「一月十六日の声明は、私個人としては、如何なる事情があるにせよ、
愚劣極まる声明だと思っている。トラウトマンの仲介交渉が成功しなかっただけで、
『爾後国民政府を対手にせず』 といいきるのは、
昨秋和平に望みを託した日本政府として、筋が通らぬ話だ。
こんどの声明が出されたのは、他にさし迫った原因があったに違いない。
南京占領も、その一因だろう。
また、一月十五日に大本営と政府との連絡会議があり、
その決定が同夜八時の臨時閣議で議決され、
近衛総理は、そのすぐあと、宮中に参内して、委曲を奏上し、
翌十六日の正午に内閣から政府声明となったもので、その経緯を想起すれば、
『本気なのかどうか』 と訊かれれば、日本政府は 『本気だ』 と
答えざるを得ないね」 と、私が説明すると、
高君は、 「『本気だ』 と君がいうのだから、 『本気だ』 と
受けとらぬわけにはいかないね。しかし、シゲちゃん、
日本政府は、いつまで、その声明どおりの姿勢をとりつづけ得るだろうか?」 と、
つづけて痛い質問をする。私が、
「日本政府があの声明を出すにはあれだけ重要な手続を踏んでやったのだし、
また川越大使をも召還したのだから、明日から取り消すというわけにはいかない。
まず、当分は何ともならない。
少なくも半年か一年はあの姿勢が続くものとみなければなるまい」 と答えると、
高君は、 「日本政府が 『本気だ』 と君はいうが、永久に、ああいう姿勢を
とりつづける決意ではないだろうね」 と、だめを押してくる。
「日本政府の決意は固くないなどといえば、日本を裏切ることになるので、
私は、 『固くない』 とはいわない。しかし、問題の本質論から考えれば、
その固い決意も、いつかは変更を余儀なくされる可能性があるように思えるし、
そうあって欲しいと、私個人としては考えているのだ。
あの声明の中で、今後は
『帝国と真に提携するに足る新興 「支那」 政権の成立発展を期待し、
これと国交を調整して更生新 「支那」 の建設に協力せんとす』 と
書いてある箇処を、君も読んだことだろう」》
つづく
262〜264p
《 たしか三月の五日だったと思う。
「同盟」 の中南支総局に、私宛の電話がかかった。
私が受話器を取ると、 「シゲちゃん、誰だか判るかい?」。 声に憶えがある。
「宗武 (ツンウー) だろう」 というと、
「そうだ。今、仏租界の友人の家からかけているのだ。都合がよければ、
来てくれないかね。話がしたいのだ」 「よし、すぐ行くよ」 と、車を飛ばして、
教えられた仏租界のカウフマン路の家のベルを押した。
高 (宗武) 君自身が玄関の戸を開き、私を招じ入れたが、
応接間も、どこも、暖房はなく、召使のものも一人もいない様子だ。
お互いに元気を喜びながら、挨拶もそこそこにして、すぐ話の主題に入った。
高君は、 「君だけに会いにやってきたのだよ」 と前置きしながら、すぐ質問を始めた。
要するに、 「爾後国民政府を対手にせず」 という日本政府の声明は、
ほんとうに本気なのか、どうか、という問題であった。
私は、 「一月十六日の声明は、私個人としては、如何なる事情があるにせよ、
愚劣極まる声明だと思っている。トラウトマンの仲介交渉が成功しなかっただけで、
『爾後国民政府を対手にせず』 といいきるのは、
昨秋和平に望みを託した日本政府として、筋が通らぬ話だ。
こんどの声明が出されたのは、他にさし迫った原因があったに違いない。
南京占領も、その一因だろう。
また、一月十五日に大本営と政府との連絡会議があり、
その決定が同夜八時の臨時閣議で議決され、
近衛総理は、そのすぐあと、宮中に参内して、委曲を奏上し、
翌十六日の正午に内閣から政府声明となったもので、その経緯を想起すれば、
『本気なのかどうか』 と訊かれれば、日本政府は 『本気だ』 と
答えざるを得ないね」 と、私が説明すると、
高君は、 「『本気だ』 と君がいうのだから、 『本気だ』 と
受けとらぬわけにはいかないね。しかし、シゲちゃん、
日本政府は、いつまで、その声明どおりの姿勢をとりつづけ得るだろうか?」 と、
つづけて痛い質問をする。私が、
「日本政府があの声明を出すにはあれだけ重要な手続を踏んでやったのだし、
また川越大使をも召還したのだから、明日から取り消すというわけにはいかない。
まず、当分は何ともならない。
少なくも半年か一年はあの姿勢が続くものとみなければなるまい」 と答えると、
高君は、 「日本政府が 『本気だ』 と君はいうが、永久に、ああいう姿勢を
とりつづける決意ではないだろうね」 と、だめを押してくる。
「日本政府の決意は固くないなどといえば、日本を裏切ることになるので、
私は、 『固くない』 とはいわない。しかし、問題の本質論から考えれば、
その固い決意も、いつかは変更を余儀なくされる可能性があるように思えるし、
そうあって欲しいと、私個人としては考えているのだ。
あの声明の中で、今後は
『帝国と真に提携するに足る新興 「支那」 政権の成立発展を期待し、
これと国交を調整して更生新 「支那」 の建設に協力せんとす』 と
書いてある箇処を、君も読んだことだろう」》
つづく
これは メッセージ 1492 (kir**gotowa**me さん)への返信です.