入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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2月5日 ラーベの日記1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/02/19 15:27 投稿番号: [1467 / 2250]
二月五日

《 金陵大学付属中学からの手紙   (省略)



十四時十五分

またもや中国機が上空を飛んでいる。

とにかく飛行機に中国の印がついていることだけはたしかだ。

パイロットがどこの国の人間かはわからない。

ロシア人でないといいが。ロシア人だとすると、

ハーケンクロイツの旗を掲げてもあまり効きめはないだろうから。



収容所を二月八日に閉鎖するという新たな指令が出た。

大混乱になり、いっこうにおさまらない。これまでに、約三分の一が出ていった。

残ったのは大半が女の人だ。ここから出ていきたくないのだ。

今日、鼓楼病院から連絡があった。脚気の患者が二人運ばれてきたという。

米飯だけのかたよった食事ではふしぎはない。

上海に   「薬を送れ」   と電報を打つことにした。



*   「パイロットが・・・ロシア人でないといいが」


   ソ連は中国軍の上海攻撃の後、 「 中ソ不侵略条約 」   を結び、

   大量の飛行機やパイロットを中国に送りました。



田中正明著   『 東京裁判とは何か 』   267p


《 この時期ソ連は、

「 日華戦争開始後は、この戦争をできるだけ長引かせることに全力をつくした 」

とダリン   ( David J. Dallin )   はその著   『 ソ連と極東 』   の中で

次のように述べている。



「 ソ連の対華援助は、西安事件後の秘密条項を含む不可侵条約によって、

直ちに飛行機四、五百機と同数の操縦士および教官を送り、

ソ連士官が中国軍に配備された。

チェレバノフ将軍を長とする軍事使節団は、中国に滞在していた。

三八年から四〇年までの間に、ソ連は中国に三億ドルの借款を与えて、

戦車、飛行機その他の軍需品を中国に送った 」》



とあります。

そして戦史叢書   『支那事変   陸軍作戦1』   310〜311p にも



《 八月二十一日、南京で、ソ連のボゴモロフ駐支大使との間で、

「 中ソ不侵略条約 」   を締結調印・・・

注二

《・・・ソ連は三七年、三八年、三九年の三回にわたって総額二億五千万ドル

( 約九億円 )   のクレジットを中国に提供し、これにより購入された兵器は、

飛行機八〇〇機以上、弾薬、飛行機用兵器、無線通信機、給油装置などであった。

航空義勇兵約二〇〇人、軍事顧問は、最多時期において八一名が中国内で活躍した。

このほか中共軍に対する直接軍事援助も行われた。》



とあります。

ソ連も早くから、非公式に日本と戦争をしていたのです。
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