馬賊の聖域となった錦州を爆撃
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/02/04 15:45 投稿番号: [1437 / 2250]
この部分は外そうと思っていたのですが、
嘘しか教えられていない哀れな中国人が、つっかかって来ましたので、
かわいそうな彼のために一応触れておく事にします。
私としては、同じ事を書くのは疲れるのですが、やむを得ません。
満洲事変の結果、満洲国を建国しても、
出来たばかりの満洲国に自衛能力は有りません。
いきおい関東軍が肩代わりする事になります。
中国が、つねに再侵略を試みますので。
満州事変では、いくつかの地域が独立をしましたが、他は手つかずでした。
最初、関東軍は中国東北辺防軍のいる錦州は攻撃しませんでした。
それは、日本政府が中国と全面戦争になることを避けていたからです。
関東軍は馬賊の討伐もやっていますので、これを追撃すると錦州に逃げ込みます。
関東軍が手を出せないので、錦州が馬賊の聖域となっていました。
そしてこの馬賊は中国東北辺防軍の別働隊でもあったのです。
また錦州政権の存在は関東軍占領下の小軍閥の動きにも影響を与えていました。
そこで、関東軍は錦州を何とかしなければと考え、錦州を爆撃する事にしました。
といっても爆撃機ではなく偵察機で、しかも人が手でもって落とすという
原始的なやりかたでです。だから、効果は知れています。
しかも、日本政府の意思を無視してです。
何でそんな事をしたのかというと、目的は軍事効果ではなく、
それによって、お目出度い政治家の頭を吹き飛ばす事にあったそうです。
後になって日本は交渉で張学良軍を山海関の外に移動させます。
(児島襄著
『日中戦争2』
文春文庫148〜153p 要約)
しかし、これで、満州国が安定したわけではありません。
つづく
これは メッセージ 1433 (kir**gotowa**me さん)への返信です.
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