洗濯婦集めと買春の混同1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/31 18:52 投稿番号: [1423 / 2250]
松村俊夫著
『「南京虐殺」
への大疑問』
179〜180p
《 支那人女性をめぐる問題は、
日本兵が彼女達を求めるのは肉欲のためであるという先入観と、
言葉による意志の疎通を欠いていたこと、
そして、日本側の説明も不足していたらしいという複合した原因で起きている。
以下、ベイツからアリソンへ出された手紙に従ってこの件をたどってみる (要約)。
一月八日、金陵大学付属中学校校門の衛兵が、難民所で中国語・日本語通訳の
劉文彬という立派な仕事をしている青年を捕え、
小桃園の向かいの小粉橋三二号に連行した。(①150頁)
一月十日、二人の兵が小桃園の反対側にある家に女二人を連行した。
そこには兵士二十人がいたが、女は隙を見て逃げ出した。
二人の女性は、小粉橋三二号の憲兵隊本部のビル、門、建物と、
憲兵の着る腕章付きの通常の軍服を認識できた。(①151頁)
一月十一日、劉文彬が、昨日の夕方、憲兵にひどい目に遭ったと恐怖の表情で
逃げてきて、かくまって欲しいと頼んだので、そのまま寝かせたが、
本日三時、再び憲兵がきて連行された。(①152頁)
一月十四日、劉文彬の夫人が、夫は山西路二一号で撃たれたといってきたが、
報告を受けとったばかりなので今はそれ以上のことはいえない。(①156頁)
一月十八日、劉文彬の件は、まだ日本当局から何の連絡もないので
日本大使館を訪ねたところ、領事警察の高玉は狼狽し、
明日、ベイツを訪ねるといったが音沙汰がない。(①158頁)
一月二十四日、昨日、兵士一名が中国人助手とともに大学正門を通って入り、
一緒に行きたいという女三人を見つけた。
これは各寮を回る長い巡見だった。(①158頁)
一 月二十四日、昨日の夕方、高玉ともう一人の日本人が、大学付属中学の教師で
難民区区長の姜正雲を探しに来た。彼らは、姜がベイツに、高玉が中学から
少女五人を得たと報告した件で来たといったが、そのとき姜はいなかった。
彼らがやってきたのは劉文彬の報告に基づいているといい、
翌朝また来るとして立ち去った。(①159頁)
三つの注(引用者註・一月二十四日の第二の手紙の中でつけられている注釈)
〈第一に、姜は上述の報告を私に送ってはいません。
第二、難民劉はゴロツキで、すでに難民所における彼の持場は解任され、
ときどき日本人のために女捜しに来ているだけです。
第三、夕方も朝も私はずっと中学にいましたが日本人には会いませんでした。〉(①159頁)
この日、ベイツが日本大使館に行き、高玉と話し合った内容(①160〜161頁)を
要約すると次のようになる。
一、高玉は、彼と友人四人のために洗濯婦を得ようという善良な意図が
理不尽な中傷にあって悩んでいる。
二、彼らは手続きや不法侵入に問題は認めていない。
三、アメリカ大使館からの手紙が高玉を悪人と非難しているというが、出所はベイツだ。
しかしベイツは、高玉の洗濯婦獲得のやり方は、最近の南京婦人の
経験からすると疑いを招きやすいので反対だといっただけである。》
注 : 松村俊夫氏の言う資料集とは、 青木書店刊 『南京事件資料集』 の事
① はアメリカ関係資料編
つづく
《 支那人女性をめぐる問題は、
日本兵が彼女達を求めるのは肉欲のためであるという先入観と、
言葉による意志の疎通を欠いていたこと、
そして、日本側の説明も不足していたらしいという複合した原因で起きている。
以下、ベイツからアリソンへ出された手紙に従ってこの件をたどってみる (要約)。
一月八日、金陵大学付属中学校校門の衛兵が、難民所で中国語・日本語通訳の
劉文彬という立派な仕事をしている青年を捕え、
小桃園の向かいの小粉橋三二号に連行した。(①150頁)
一月十日、二人の兵が小桃園の反対側にある家に女二人を連行した。
そこには兵士二十人がいたが、女は隙を見て逃げ出した。
二人の女性は、小粉橋三二号の憲兵隊本部のビル、門、建物と、
憲兵の着る腕章付きの通常の軍服を認識できた。(①151頁)
一月十一日、劉文彬が、昨日の夕方、憲兵にひどい目に遭ったと恐怖の表情で
逃げてきて、かくまって欲しいと頼んだので、そのまま寝かせたが、
本日三時、再び憲兵がきて連行された。(①152頁)
一月十四日、劉文彬の夫人が、夫は山西路二一号で撃たれたといってきたが、
報告を受けとったばかりなので今はそれ以上のことはいえない。(①156頁)
一月十八日、劉文彬の件は、まだ日本当局から何の連絡もないので
日本大使館を訪ねたところ、領事警察の高玉は狼狽し、
明日、ベイツを訪ねるといったが音沙汰がない。(①158頁)
一月二十四日、昨日、兵士一名が中国人助手とともに大学正門を通って入り、
一緒に行きたいという女三人を見つけた。
これは各寮を回る長い巡見だった。(①158頁)
一 月二十四日、昨日の夕方、高玉ともう一人の日本人が、大学付属中学の教師で
難民区区長の姜正雲を探しに来た。彼らは、姜がベイツに、高玉が中学から
少女五人を得たと報告した件で来たといったが、そのとき姜はいなかった。
彼らがやってきたのは劉文彬の報告に基づいているといい、
翌朝また来るとして立ち去った。(①159頁)
三つの注(引用者註・一月二十四日の第二の手紙の中でつけられている注釈)
〈第一に、姜は上述の報告を私に送ってはいません。
第二、難民劉はゴロツキで、すでに難民所における彼の持場は解任され、
ときどき日本人のために女捜しに来ているだけです。
第三、夕方も朝も私はずっと中学にいましたが日本人には会いませんでした。〉(①159頁)
この日、ベイツが日本大使館に行き、高玉と話し合った内容(①160〜161頁)を
要約すると次のようになる。
一、高玉は、彼と友人四人のために洗濯婦を得ようという善良な意図が
理不尽な中傷にあって悩んでいる。
二、彼らは手続きや不法侵入に問題は認めていない。
三、アメリカ大使館からの手紙が高玉を悪人と非難しているというが、出所はベイツだ。
しかしベイツは、高玉の洗濯婦獲得のやり方は、最近の南京婦人の
経験からすると疑いを招きやすいので反対だといっただけである。》
注 : 松村俊夫氏の言う資料集とは、 青木書店刊 『南京事件資料集』 の事
① はアメリカ関係資料編
つづく
これは メッセージ 1421 (kir**gotowa**me さん)への返信です.