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日本人記者惨殺事件2

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2012/01/30 18:53 投稿番号: [1422 / 2250]
児島襄著   『日中戦争3』   文春文庫
218〜220p


《 岩井領事代理には、上海から四人の同行者がいた。

『大阪毎日新聞』   上海特派員渡辺洸三郎、 『上海毎日新聞』   記者深川経二、

南満州鉄道上海事務所員田中武夫、 漢口の   『瀬戸洋行』   店主瀬戸尚の四人である。

四人は、 「兎ニ角」   成都に行くことにした。

瀬戸尚は商用もあったが、他の三人は取材および視察が目的である。

総領事館開館には関係がないので、 「護照」   もあっさりと発給され、

一行は、八月二十一日、バスで成都にむかった。



八月二十三日   −

重慶では、商工会、学生その他各種団体が成都総領事館開館に反対する集会をひらき、

組織された宣伝隊は、市内に 「反対日本在蓉設領」 「阻止岩井西上」 などの

ビラをはり、糾察隊は、商船   『 萬懸号』   ではこばれてきた岩井領事代理の

乗用車を荷揚げしようとする労働者を   「漢奸」 (売国奴)   とののしり、

作業を中止させた。



特派員渡辺洸三郎ら四人は、午後二時三十分ごろ、成都に到着した。

街は平静な雰囲気につつまれ、一行は、公安局に   「護照」   を提示し、

『大川旅館』   に投宿した。

中国側は、非武装の警官約二十五人を旅館周辺の警戒にあたらせた。



翌日、八月二十四日   −

成都市内では、午前中に小城公園で   「日本総領事館開館反対民衆大会」   が

ひらかれたが、演説とシュプレヒコールがくり返されただけで、

デモ行進もなく、散会した。



四人は、午前十一時ごろ、 『大川旅館』   を出た。

『瀬戸洋行』   店主瀬戸尚は商用をはたすため、他の三人は市内見物のためである。

街は、前日と同様に平穏であったが、電柱、壁には、 「岩井領事は即刻四川を去れ」

「岩井と合作する漢奸を除け」   などのビラがべたべた貼られている。

三人は、なにがなし異常を感得しながら、午後一時半ごろ、旅館に帰り、

つづいて、瀬戸尚も帰館した。



午後三時ごろ、満鉄社員田中武夫は   『上海毎日』   記者深川経二をさそい、

食堂で四川名物の   「タンタン麺」   を食べた。

「タンタン麺」   は、唐辛子を大量に使い、その辛さで名高い。

盛夏の熱風が吹きこむ食堂で、すさまじい辛さの麺を食べるのだから、

たちまち二人は汗みずくになった。



それでも、いや夏はこのほうが良い、などとヤセ我慢してお代りを注文していると、

窓越しに制服姿の中学生約十五人がビラ貼りをしているのが、みえた。

「あんな子供まで動員されているとなると、あんまり良い空気じゃないなァ」

田中武夫がつぶやき、深川経二がうなずいていると、その中学生たちは旅館に

はいってきて、二階から三階にのぼり、やがて、降りて来ると、外に出ていった。



四人は、三階の大部屋に同宿している。

中学生たちはその部屋におしかけ、

在室していた特派員渡辺洸三郎と瀬戸尚の二人の前でビラの文句を読みあげ、

二人を   「凄い目でにらみ」   つけて立ち去った、という。》


つづく
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