敵傷病兵に施薬
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/11/26 16:46 投稿番号: [1108 / 2250]
これは、七百名の敵を捕らえるの、続きなので、H上等兵の所属は、たぶん、
歩兵第四十七連隊(大分)第三大隊第十二中隊と思われます。
東中野修道
編著
『1937南京攻略戦の真実』
小学館文庫
164〜166p
《 H上等兵
黄浦江で汽船や帆船を見、ホーこんなところにも船がと感嘆の声を洩らして
なお前進し、河に面した村落で露営することになりました。
早速好きな食べ物はないかと永田上等兵と二人で行きますと、
家の陰に一人の男がうずくまって苦しそうに喘
(あえ)
いでいます。
すかしてみると敵兵です。しばらく佇
(たたず)
んで様子を見ていますと、
負傷でもないが如何
(いか)
にも苦しそうです。
起こして調べてみますと何も持っていません。
そして世の終わりのような顔つきで腹を指さし、ウンウン唸
(うな)
ります。
可哀相でしたので連れてかえり、クレオソートを飲ませて部屋の隅にねせておきました。
一晩中厠
(かわや)
に往復してはヒイヒイ年甲斐もなく泣いていました。
おかげでおちおち眠れもしませんでした。
翌日は共に退
(ひ)
いて歩けんと思いましたので、分隊全員で病に斃
(たお)
れた
敵兵に贈る義捐金
(ぎえんきん)
を募り、少ない糧秣
(りょうまつ)
を分けるとか、
後からくる友軍に依頼状を書いてやるとかしましたら、
すっかり感激して慟哭
(どうこく)していました。
敵傷兵に施薬−歩兵第四十七連隊(大分)
第二中隊
伍長
S・S
敵の大軍は、我が軍のために完全に撃破されました。
見れば幾十となく敵の死体が転がつております。
中にはまだ虫の息で唸っておる者さえおります。これを見られた隊長が、
「苦しいか、今、薬をやるぞ」
と何かやられますと、一兵士は目を開けて、
「冷水、冷水」
と、かすれた声で哀願しました。誰かが水を飲ませてやりますと、
両手を合わせ涙をたたえ、 「謝、謝」
と伏し拝みました。
これは青浦城陥落直後の話ですが、今までに我が中隊では幾十人となく、
敵兵を救い、郷里に帰してやりました。
その中には中隊のために骨身を惜しまず、弾丸下もものともせず、
実に勇敢によく働いた者も沢山あります。
そして彼らが故里に送り帰される時は別れを惜しんで泣いて別れるのでした。
謝々と
別れを惜しむ
村はづれ
》
*
日本兵は捕虜を虐殺したと言われていますが、
義捐金
(ぎえんきん)
まで
募って援けてもいたのですね。
これは メッセージ 1107 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/1108.html