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七百名の敵を捕らえる

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/11/26 16:41 投稿番号: [1107 / 2250]
東中野修道   編著   『1937南京攻略戦の真実』   小学館文庫   162〜164p



七百名の敵を捕らえる − 歩兵第四十七連隊(大分)   七本部   H軍曹


《 杭州湾に上陸して連隊本部付きで、一線中隊は各二百発ずつ弾薬を携行し、

自分は後の弾薬を海月庵に集め、大隊小行李   (しょうこうり)   を纏   (まと)   めて

一線へと十日出発しました。

十三日に松江   (しょうこう)   に到着して、それから二里半ばかりのところで

一本道路でしたが、前方に支那人が沢山いました。

このとき自分たちの兵力は、十二中隊が分散兵を集合せしめて約一ケ小隊、

小銃が四十挺   (ちょう)   ぐらいでしたが、クリークの岸に戦闘準備をしました。



すると、敵の将校らしいのが、前方二町ぐらいの所で止まりました。

それでこちらも前進しましたが、敵には全然戦闘意志はなく、チェッコ九、

小銃百三十、モーゼル三を持った敵が、道路の両側にズラリと集まりました。

七百名ぐらいおりましたが、早速まず武装解除をさせました。

小銃には全部装填   (そうてん)   してありました。

〝これだけの人員が、それに比較して殆ど戦闘力のない我々に向かってくれば、

ひとたまりもなかったのに〟 と後でホーッとしたことでありました。

これらの兵器は輜重 (しちょう) 兵に持たせました。



黄浦江付近まで−歩兵第四十七連隊(大分)   第三大隊第十二中隊座談会より
A軍曹


松江を朝の七時頃出発しました。

横光分隊が路上斥候となり、部隊の一五〇メートル前方を前進、

その後に車両部隊が続行、その車両の間に二個分隊を適当の間隔に配置して、

一個分隊が後方警戒に当たりました。

道の曲がり角のところで、向こうから十名ばかり白旗をかかげてくるのに出逢いました。

斥候よりの報告がないので、小隊長殿が駆けつけて見られますと、

どうやら降伏してきたらしいのです。都合のいいことには小隊の坂部上等兵が

少し支那語が話せるので、訊ねさせてみますと、向こうの部落に同僚が

七百名ばかりいて、みんな降伏したいと言っているとのことです。



七百名 − 一寸   (ちょっと)   想像のつかない話です。

それに自分達は一個小隊   (約七十名)、車両部隊なんて戦闘力は無いも同じです。

敵に抗戦の意志があるとすれば、これは大変なことです。それでこちらは慎重にかまえ、

二個分隊で武装解除に当たり、他は全部戦闘隊形をとらせられました。

二十三連隊の大隊砲も通り合わせましたので、

これにも陣地進入をしてもらい、降伏兵がくるのを待ちました。

そうして待っている間に、崑山から帰りの軍参謀や軍属の方もこられて、

やがて、向こうから長蛇の列をなして、こちらにくる支那軍を迎えました。



皆逞 (たくま) しい顔つきをしている、無表情な彼らの神経に隠されているのが

何だろうかと一寸たじろぎもしましたが、虎穴に入らずんば虎児を得ず、と

武装解除をさせ、軍属にたのみ前進しました。

そのときびっくりしたのは彼らの持っていた書類の中に、

出征当時の六師団の中隊長以上の名が全部載っていたことです。



∪曹長

あれは実際特ダネだった。くるもきたり七百名の降伏兵を見たとき、

私はもう、戦争はじき済むと思いました。奴らも今頃は皇軍の協力者として、

新支那へ力強い生命を吹き込んでいることでしょう。》



*   この人達は、捕まえた捕虜が

   「今頃は皇軍の協力者として、新支那へ力強い生命を吹き込んでいることでしょう。」

   と言ってるくらいだから、虐殺など考えていなかったんですな。
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