Re: 韓国の壁(ヨコヨコ)
投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2007/05/15 14:38 投稿番号: [13157 / 22816]
>シュヌさん
われわれ2人の間でこれほど対話を重ねるのは久しぶりですね。
わくわくすると同時にドキドキもしています。
>当時は新聞(笑)は戦勝を煽りすぎて、講和の内容が不満だと暴動が起きたそうですが、このような現実と国民の意見の食い違いを起こす報道は今に通じる問題です。
まったく報道機関の責任は重いですね。国民のフラストレーションのガス抜きていどに自分たちをわきまえていればまだ許せますが、いまだに居丈高に国民を「善導する」意識があるのが鼻につきます。
ところで筑紫哲也が肺がんで当分休養するそうですが、
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070514i515.htm
私としては
>がんにうち勝って、また戻って参ります」と、復帰に強い意思を示した。
なんぞ絶対に止めてくれぇ〜という気分です。
さて本題。
>ABCD包囲網で締め上げられていたらどうなっていたんでしょうか?
というifで書いたつもりだったんですが、誤解を招く書き方でしたね。(反省)
そう生真面目に
>反省
なさることはないですよ。
>遅すぎると言うのは、オレンジ計画とかアーサー・マッカラムの意見書とかのことですね?
これを考えれば講和なんて始めから無理だったんでしょう。
>アーサー・マッカラムの意見書
というのがちょっとわからなかったんですが、
>オレンジ計画
は知っていました。まさに「今日の友は明日の敵」を絵に書いたような軍事作戦のお手本です。軍隊――とくに作戦本部とはこうあるべきですね。
日本もそれなりにアメリカを警戒していたとは思いますが、少々出遅れたのではないでしょうか。日露戦争直後からどうやってアメリカに隙を作らないか・あるいは勝つまではいかなくても(国力の差が違いますから)少しでも有利な条件で停戦出来るかをせっせせっせとと研究しておくべきでした。
>政府は、日露戦争の時のアメリカの仲裁でロシアと
講和したようなことをイメージしていたんじゃないかと。
で、最後までソ連の仲介を期待していたという通説が本当ならやっぱり日本軍(参謀本部)の見通しは甘いですよ。(昭和天皇は、
「法王庁に仲介を頼んではどうか」
と提案されたという話も聞きますが)
とまぁ、それこそ後知恵で偉そうなことを書いていますが、アメリカと日本は太平洋をはさむとはいえ隣国同士。戦争は隣国同士で起こるものですから(まさか戦前の日本でもアフリカのコンゴと戦争する必要はありませんから)
「備えあれば憂いなし」
も十二分に機能するとは限らないでしょう。
お互いに太平洋を自国の影響下に収めようと積極的に動きはじめたら、たしかに国益はぶつかり合います。私が残念なのは、太平洋での国益よりも対ロシア・その後は対共産主義に重点を置いた政策を両国ともに(特にアメリカが)軽視してしまった、という点です。
日本はそのために主にアメリカによって敗戦の憂き目を見ましたが、アメリカもその後70年間もソビエトとの軍拡競争に明け暮れて経済的にかなり逼迫した時代もありましたし、朝鮮戦争・ベトナム戦争も経験しました。
俯瞰的に見れば、日米戦は長期的には互角に近いものだったのかもしれないと思ったりします。
残る最大の問題はシュヌさんが指摘しておられる通り
>精神的なものを除けば
で、これからの日本人の大きな課題ですね。憲法改正をやり遂げてようやく太平洋戦争は日米のフィフティ・フィフティで終わるのかもしれません。
>中華思想に基づく覇権主義が一貫してるなあという意味で書いたんです。
ああなるほど。
ウマシカな
>国家百年の計
を貫いているか内乱してるかどっちかだっていう意味ですね。
その着眼点は鋭い!
まったく同感でございます。
われわれ2人の間でこれほど対話を重ねるのは久しぶりですね。
わくわくすると同時にドキドキもしています。
>当時は新聞(笑)は戦勝を煽りすぎて、講和の内容が不満だと暴動が起きたそうですが、このような現実と国民の意見の食い違いを起こす報道は今に通じる問題です。
まったく報道機関の責任は重いですね。国民のフラストレーションのガス抜きていどに自分たちをわきまえていればまだ許せますが、いまだに居丈高に国民を「善導する」意識があるのが鼻につきます。
ところで筑紫哲也が肺がんで当分休養するそうですが、
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070514i515.htm
私としては
>がんにうち勝って、また戻って参ります」と、復帰に強い意思を示した。
なんぞ絶対に止めてくれぇ〜という気分です。
さて本題。
>ABCD包囲網で締め上げられていたらどうなっていたんでしょうか?
というifで書いたつもりだったんですが、誤解を招く書き方でしたね。(反省)
そう生真面目に
>反省
なさることはないですよ。
>遅すぎると言うのは、オレンジ計画とかアーサー・マッカラムの意見書とかのことですね?
これを考えれば講和なんて始めから無理だったんでしょう。
>アーサー・マッカラムの意見書
というのがちょっとわからなかったんですが、
>オレンジ計画
は知っていました。まさに「今日の友は明日の敵」を絵に書いたような軍事作戦のお手本です。軍隊――とくに作戦本部とはこうあるべきですね。
日本もそれなりにアメリカを警戒していたとは思いますが、少々出遅れたのではないでしょうか。日露戦争直後からどうやってアメリカに隙を作らないか・あるいは勝つまではいかなくても(国力の差が違いますから)少しでも有利な条件で停戦出来るかをせっせせっせとと研究しておくべきでした。
>政府は、日露戦争の時のアメリカの仲裁でロシアと
講和したようなことをイメージしていたんじゃないかと。
で、最後までソ連の仲介を期待していたという通説が本当ならやっぱり日本軍(参謀本部)の見通しは甘いですよ。(昭和天皇は、
「法王庁に仲介を頼んではどうか」
と提案されたという話も聞きますが)
とまぁ、それこそ後知恵で偉そうなことを書いていますが、アメリカと日本は太平洋をはさむとはいえ隣国同士。戦争は隣国同士で起こるものですから(まさか戦前の日本でもアフリカのコンゴと戦争する必要はありませんから)
「備えあれば憂いなし」
も十二分に機能するとは限らないでしょう。
お互いに太平洋を自国の影響下に収めようと積極的に動きはじめたら、たしかに国益はぶつかり合います。私が残念なのは、太平洋での国益よりも対ロシア・その後は対共産主義に重点を置いた政策を両国ともに(特にアメリカが)軽視してしまった、という点です。
日本はそのために主にアメリカによって敗戦の憂き目を見ましたが、アメリカもその後70年間もソビエトとの軍拡競争に明け暮れて経済的にかなり逼迫した時代もありましたし、朝鮮戦争・ベトナム戦争も経験しました。
俯瞰的に見れば、日米戦は長期的には互角に近いものだったのかもしれないと思ったりします。
残る最大の問題はシュヌさんが指摘しておられる通り
>精神的なものを除けば
で、これからの日本人の大きな課題ですね。憲法改正をやり遂げてようやく太平洋戦争は日米のフィフティ・フィフティで終わるのかもしれません。
>中華思想に基づく覇権主義が一貫してるなあという意味で書いたんです。
ああなるほど。
ウマシカな
>国家百年の計
を貫いているか内乱してるかどっちかだっていう意味ですね。
その着眼点は鋭い!
まったく同感でございます。
これは メッセージ 13155 (syunuzuki2 さん)への返信です.
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