悲しいサヨクのための嬉遊曲

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rty3657898さま・3

投稿者: lilasnosakukoro 投稿日時: 2007/05/15 13:58 投稿番号: [13156 / 22816]
  こんにちは。


  貴重なお話の数々、大変ありがとうございます。
  おかげで東條英機という人のイメージが大幅に変わりそうです。

>東條英機は薩摩的な特攻攻撃や長州的な自決をもっとも嫌った。
東條内閣は日本最初の玉砕となるサイパン島陥落で総辞職する訳だが、最期に成し遂げた仕事として、サイパン島で自決した住民に慰霊金が行く様に軍命令で自決した事にした。沖縄の学童、婦女老人に内地又は台湾への疎開命令を出して辞めた。しかし、この配慮が東條が更迭された後起きた、各玉砕、特攻作戦、沖縄戦など全て東條の責任とされる。

>昭和天皇は東條について「憲兵を用い過ぎた事と、あまりに兼職をもち多忙すぎたため国民に東條の気持ちが通じなかった」と回想している。
生真面目さゆえに官憲権力にしがみつき粛清政治を行ってしまった。


>東條の出した戦陣訓も決して自決を勧めた物でなく後に続く戦陣の戒が本文である。戦陣訓の恥とは戦陣の戒に書いてある捕虜虐待、占領地での住民虐殺、略奪、婦女子に対する破廉恥行為など軍規違反をするなと書いている。

戦陣訓
第8   名を惜しむ
「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。」

「軍人として恥ずかしい行いをすれば、捕虜になった時はもちろん、死んでからも罪禍の汚名を着ることになったり、同郷の者や故郷の家族から面目の立たない事になるのであるから、そういった軍人として恥ずべき行いはやってはいけない。」『名を惜しむ』(抜粋)戦陣訓解釈(昭和16年)

  『あの戦争は何だったのか』(保阪正康著   新潮新書)の著者がどこかで、東條夫人その人にまでインタビューしたあげく
「東條は本来一国のトップに立つような資質はなかった。そのような人物が開戦時に国を動かす最高の地位に立ってしまったことが日本にとっても当人にとっても悲劇であった」
とか書いているのを目にしました。(うろ覚えですので正確な文言ではありません)
  それを読んで非常に不快感を覚えたのです。
  その結論は1部当たっているのかもしれません。少なくとも私はそう思います。彼の生真面目過ぎる部分など。rty3657898さまが、

>官憲権力にしがみつき粛清政治を行ってしまった。

と書かれている部分ですね。
  しかし、夫人のインタビューまで持ち出してそういう結論を書くのは100年後ならともかく今ではまだむごすぎるだろうというのが私の思いです。ノンフクション作家というのは得てしてそういうものなのかもしれませんが。

  同じ理由で私は『東電OL殺人事件』を書いた佐野眞一が大嫌いです。


>サイパン島で自決した住民に慰霊金が行く様に軍命令で自決した事にした。

  こういうことは当時行われやすかったのですね。
  それならば例の「沖縄・渡嘉敷島での集団自決」が日本軍の命令によるというあの俗説が否定されつつあるのも当然です。

  ところで、上記の

>東條内閣は日本最初の玉砕となるサイパン島陥落で総辞職する訳だが、最期に成し遂げた仕事として、サイパン島で自決した住民に慰霊金が行く様に軍命令で自決した事にした。

はどのような資料によるものなのでしょうか。
  私は目下、戦時中の日本人の民間人集団自殺に日本軍そのものがどれくらい直接的に関わっていたかである人物と議論しております。
  ですので、出来れば東條英機自身が以上のような配慮を行ったというたしかなソースがほしいのですが。


  ご面倒をおかけしますがよろしくお願いいたします。
  それでは。(リラ拝)
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