Re: Iraq's uncertain marshland reviv
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2006/06/28 16:28 投稿番号: [93151 / 118550]
こんにちは、imonoyamashotengaiさん。
細かいことですが、まず
>湿地帯の大部分を成功裏に復元したと言います。
イラク南部湿原の再生については、あくまで「再生」であって「復元」とはいいません。同湿原の回復にかかわる事業を担うイラク水資源省に置かれている湿原再生センターと国連環境計画の双方が、湿原の最盛期であった1970年のレベルに「復元」(=元に戻す)することは不可能であるとの認識に立っているため、湿原に関係する事業名の選択に際しては、「再生」というニュアンスの言葉を選ぶようにしているためです。「復元」という言葉を使うということは、1970年レベルにまで湿原を元通りにすることができる見込みが立っているということを意味しますが、imonoyamashotengaiさんにそうしたご認識があるとは思えませんので、邦訳にあたり、各方面の配慮にも目を向け、言葉選択の正確さを期すようにした方がいいのでははないかと思います。
>広い地域がサダム・フセインの命令の下で1990年代に排水されました
イラク南部湿原を消失させた直接的なきっかけをつくったのはフセイン政権で間違いありませんが、「排水」したとの事実を僕は聞いたことがありません。具体的にどういうことなのかお分かりになりますでしょうか?
イラク南部湿原消失の契機は、大きく分けると以下の3つです。
①1960〜70年代にかけて行われたダム建設と灌漑による湿原への水流入の縮小。ただし、ダム建設はイラクばかりではなく、トルコやシリアも行っており、イラク以外の国のダム建設も湿原への水流入縮小の原因になっています。イラク南部湿原再生事業を進める上で、イラク以外の周辺国のコンセンサスも不可欠となるのは、そうした背景があるためです。
②1980年代のイラン・イラク戦争の際、軍用車両を通行可能にするために行われた湿原の埋め立て
③湾岸戦争以後、フセイン政権への反体制派による武装蜂起を抑制するために行われた湿原地域に住む住民の生活基盤を奪うことを目的とした湿原干拓工事と水流入の迂廻路となる運河建設、およびペルシャ湾につながる水門を閉じたこと
フセイン政権は直接的に湿原の排水を行ってはいないと思うのですが――というか、そうした直接的な排水を行えるような事業が展開できたとは思えませんが――もし、そういう事実があるのであれば、お教え頂けると幸いです。
>アブドゥル・ Latif ラシード、イラク水資源省大臣が言います。
ラシードは、イラク南部湿原再生についての現場の事情は詳しくは知りません。事情に詳しいのは、イラク南部湿原の現場調査・事業連絡調整官を担っているイラク人ですが、彼は名前等を公表するとサボタージュの直接的な対象になる可能性が高く、そうした事情も踏まえて、メディアの取材不可です。
>「おそらく区域の60%が復活させられました」と彼が主張しました。
これはラシードが、UNEPが公表しているデータに基づいてしている話だと思われます。以下のサイトを参照してみてください。
http://imos.grid.unep.ch/
BBCが記事で正確に背景を書かず、誤認が生まれるような書き方をしているので困りものですが、「areaが60%ほど再生している」とのラシードの発言は、正確には、植生再生と再冠水が見られるareaが60%に達したということであり、湿原地域自体がエリアとして60%復元したという意味ではありません。
なぜなら植生再生と再冠水は、降雨量に左右されるため、降雨量が少ない季節になると植生再生と再冠水が見られる地域が減少するからです。降雨量が多い冬〜春にかけてはイラク南部湿原の植生再生率と再冠水率は上昇しますが、降雨量が減る夏〜秋にかけては減少し、30〜40%まで落ちる時期もあるのです。つまり、イラク南部湿原の再生は、植生再生率と再冠水率で判断されており、area範囲での再生としてはだいたい30〜60%ほどの間で、季節ごとに推移しているということです。ですので、湿原地域が全体として100%に向かい復元しているという意味ではありません。そうした事情からも、「復元」という言葉が避けられているわけです(続きます)。
細かいことですが、まず
>湿地帯の大部分を成功裏に復元したと言います。
イラク南部湿原の再生については、あくまで「再生」であって「復元」とはいいません。同湿原の回復にかかわる事業を担うイラク水資源省に置かれている湿原再生センターと国連環境計画の双方が、湿原の最盛期であった1970年のレベルに「復元」(=元に戻す)することは不可能であるとの認識に立っているため、湿原に関係する事業名の選択に際しては、「再生」というニュアンスの言葉を選ぶようにしているためです。「復元」という言葉を使うということは、1970年レベルにまで湿原を元通りにすることができる見込みが立っているということを意味しますが、imonoyamashotengaiさんにそうしたご認識があるとは思えませんので、邦訳にあたり、各方面の配慮にも目を向け、言葉選択の正確さを期すようにした方がいいのでははないかと思います。
>広い地域がサダム・フセインの命令の下で1990年代に排水されました
イラク南部湿原を消失させた直接的なきっかけをつくったのはフセイン政権で間違いありませんが、「排水」したとの事実を僕は聞いたことがありません。具体的にどういうことなのかお分かりになりますでしょうか?
イラク南部湿原消失の契機は、大きく分けると以下の3つです。
①1960〜70年代にかけて行われたダム建設と灌漑による湿原への水流入の縮小。ただし、ダム建設はイラクばかりではなく、トルコやシリアも行っており、イラク以外の国のダム建設も湿原への水流入縮小の原因になっています。イラク南部湿原再生事業を進める上で、イラク以外の周辺国のコンセンサスも不可欠となるのは、そうした背景があるためです。
②1980年代のイラン・イラク戦争の際、軍用車両を通行可能にするために行われた湿原の埋め立て
③湾岸戦争以後、フセイン政権への反体制派による武装蜂起を抑制するために行われた湿原地域に住む住民の生活基盤を奪うことを目的とした湿原干拓工事と水流入の迂廻路となる運河建設、およびペルシャ湾につながる水門を閉じたこと
フセイン政権は直接的に湿原の排水を行ってはいないと思うのですが――というか、そうした直接的な排水を行えるような事業が展開できたとは思えませんが――もし、そういう事実があるのであれば、お教え頂けると幸いです。
>アブドゥル・ Latif ラシード、イラク水資源省大臣が言います。
ラシードは、イラク南部湿原再生についての現場の事情は詳しくは知りません。事情に詳しいのは、イラク南部湿原の現場調査・事業連絡調整官を担っているイラク人ですが、彼は名前等を公表するとサボタージュの直接的な対象になる可能性が高く、そうした事情も踏まえて、メディアの取材不可です。
>「おそらく区域の60%が復活させられました」と彼が主張しました。
これはラシードが、UNEPが公表しているデータに基づいてしている話だと思われます。以下のサイトを参照してみてください。
http://imos.grid.unep.ch/
BBCが記事で正確に背景を書かず、誤認が生まれるような書き方をしているので困りものですが、「areaが60%ほど再生している」とのラシードの発言は、正確には、植生再生と再冠水が見られるareaが60%に達したということであり、湿原地域自体がエリアとして60%復元したという意味ではありません。
なぜなら植生再生と再冠水は、降雨量に左右されるため、降雨量が少ない季節になると植生再生と再冠水が見られる地域が減少するからです。降雨量が多い冬〜春にかけてはイラク南部湿原の植生再生率と再冠水率は上昇しますが、降雨量が減る夏〜秋にかけては減少し、30〜40%まで落ちる時期もあるのです。つまり、イラク南部湿原の再生は、植生再生率と再冠水率で判断されており、area範囲での再生としてはだいたい30〜60%ほどの間で、季節ごとに推移しているということです。ですので、湿原地域が全体として100%に向かい復元しているという意味ではありません。そうした事情からも、「復元」という言葉が避けられているわけです(続きます)。
これは メッセージ 93147 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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