対イラク武力行使

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パピヨンのテーマ 2

投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2005/03/23 22:27 投稿番号: [67736 / 118550]
>>フセインは病的なまでに用心深く、軍事クーデターでトップの
>>座に就くと、それまで共に戦ってきた同士の中で力のある有望
>>な20人を、将来の自分の座を守るためとして殺した。

>ちょっと待ってください。
   フセイン大統領の誕生は前任のバクル大統領からの禅譲であって
   「軍事クーデター」じゃなかったと記憶しています。

フセインらによる軍事クーデターでバクルが大統領に就任し、
そのバクルを強引に退任させて大統領に就いたのがフセインですね。

>バクル政権誕生後に大規模な「粛正」があったのは事実で、
   党の要職にあったフセイン氏が主導したと言われていますが、
   それは彼の権力を守るためではなかったと思います。

それは会場で名前を読み上げ、60人程殺したときのことですね。
それとは違うようです。
読売新聞には下記のようなことが書いてありました。
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政権の座に就くと、それまで共に戦ってきた同士の中で
力のある有望な20人を将来の自分の座を守るためとして殺した。
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彼はこういうことを幾度もやっています。
<<参考>>
http://adolf45d.client.jp/gunjihuse.html
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フセイン大統領
  1979年7月、遂にサダムはイラク共和国大統領に就任した。バクルは表向き体調の悪化を理由に退陣したが、現実にはサダムに脅されてのことだった。形骸と化したバクルに抗う術はなかった。そしてその後サダムに暗殺された。サダムにとってバクルは恩師だったが、このような形で報いたのである。理由は根強くバクルを大統領に復帰する声があったからである。サダムはバクルもバクルを支持する者も容赦なく消しさった。これだけでなく、サダムが大統領就任後は全国規模で粛清が吹き荒れた。。政治家も、官僚も軍人も国民もちょっとでもサダムのやり方に疑問を持った者は例外なく消された。かつては懇意にしていたものも親戚も例外ではなかった。サダムに逆らえる者は誰一人としていなかった。逆らおうとする前に治安部隊がその者を見つけ出し、拷問にかけ殺した。
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