パピヨンのテーマ 3
投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2005/03/07 21:44 投稿番号: [66557 / 118550]
>>対イラク武力行使の背後にある人間、或は国家の行動も
>>将来の危機を回避するという自然な欲求に基づくもの
> よしんば「自然な欲求」であったことを認めても、だから「免責」されるものじゃないでしょ? 証拠が曖昧だからというのではなく、危機が誤認であった場合や、危機排除の手段が適切でなかった場合の責任を問題にしているのです。
他人から恥辱を受けて、相手を「殺したい」と思う気持ちは「自然な欲求」でしょうが、だからと言って「殺してよい」わけじゃありません。
あなたも、私の「間違っていても責任を持つ必要はない…と言ってるように聞こえる」に対して「違います」と断言されていますよね。それならば、米英のイラク侵攻で「危機の誤認はあったのか、なかったのか?」「危機排除の手段は適切、合法であったのか、なかったのか?」という命題を避けて通ることはできません。「危機を認識すれば、攻撃するのが自然な欲求だ」ということや「危機の認識に厳密な証拠を要求できない」ということは理解できますが、肝心の答えはどこにもありませんね。
もちろん、疑いのままに或いは欲求の赴くままに、行動してたら、社会は成り立ちません。
危機を感じたとき、それを避ける行動に出るのは自然な欲求ですが、国内の場合は
例えば警察に守ってもらうなど、合法的に対処することができます。
だが、国際間の場合は徹底的な捜査はできません。
もし、仮にイラクが本当に大量破壊兵器を隠し持ち、アルカーイダと緊密な関係を築こうとしていたなら、
どうするのですか?
証拠がないから、武力行使は駄目だと言う一点張りでは、米国の大都市で強力な生物兵器などの大量破壊兵器が
使用されることを防ぐことはできません。もちろん、米国とて、疑いがあるというだけで莫大な費用と、犠牲を伴う武力行使に
及んだわけではなく、可能な限り調査し、世界の未来のことを考え合わせての決断だったということです。
イラクが民主主義国家であったなら、けっしてこういう問題は起きません。
科学が発展するにつれて、テロリストと結びつきやすい個人的独裁国家の危険性はますます増大し、全人類にとって脅威となります。
歴史が人類社会の安定と秩序の中での繁栄に向かって進むのであれば、犠牲を払っても、或いは国内法に
慣れ親しんでいることからくる違和感に逆らってでも、恐怖独裁国家が消滅していく過程を辿るだろうと考えます。
それは一方で、市民革命による自由民主主義の発達が不可能な恐怖独裁国家の市民にも、自由がもたらされることを意味する。
このような整合性を歴史の中に見出だすとき、未来の歴史家はこれを「歴史の必然」という言葉で形容することになるだろう。
>日本にもイスラエルにもパキスタンにも高度な核技術は存在します。「もし」小泉氏やシャロン氏やムバラク氏が発狂して、
「もし」高度な核技術がテロ組織の手に渡れば…などと言い出せば、どこもかしこも「危険国家」だらけになってしまいます。
大量破壊兵器があっても、或いは製造することができても、危険な個人的独裁国家でないなら心配するほどのことはありません。
>危機が偽りであったことは明白なのに、「米国以外は危機を認識できる条件がそろっていなかった」と言うのは変な理論です。
「米国(の一部の人たち)のみが、偽の危機を真の危機と誤認してしまう条件を持っていた」と言い換えるべきじゃないでしょうか?
武力行使の後、大量破壊兵器が見つからなかったことで、米国では武力行使賛成の人の割合は減りはしましたが、
武力行使前は約70%でした。
>>占領といっても、産業基盤が整備され、イラク人の警察官を
>>養成するなどして治安が回復するまでのことです。
> その産業基盤の整備や警官養成、治安回復の阻害要因が「占領」なのです。
今、米軍が撤収すれば、治安が回復されると考えるのはいくら何でも間違いでしょう。
イラクの実情に詳しいシーア派の指導者も下記のように発言しています。
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ジャファリ副大統領は「われわれは内戦にならないよう努力しているが、現時点で多国籍軍が撤退すれば確実に暗殺や爆発の犠牲者が増える」と指摘。さらに「多国籍軍がいつ撤退できるかは、われわれが治安を守れるかどうかに懸かっているが、いつそうなるかは分からない」と述べた。
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>>将来の危機を回避するという自然な欲求に基づくもの
> よしんば「自然な欲求」であったことを認めても、だから「免責」されるものじゃないでしょ? 証拠が曖昧だからというのではなく、危機が誤認であった場合や、危機排除の手段が適切でなかった場合の責任を問題にしているのです。
他人から恥辱を受けて、相手を「殺したい」と思う気持ちは「自然な欲求」でしょうが、だからと言って「殺してよい」わけじゃありません。
あなたも、私の「間違っていても責任を持つ必要はない…と言ってるように聞こえる」に対して「違います」と断言されていますよね。それならば、米英のイラク侵攻で「危機の誤認はあったのか、なかったのか?」「危機排除の手段は適切、合法であったのか、なかったのか?」という命題を避けて通ることはできません。「危機を認識すれば、攻撃するのが自然な欲求だ」ということや「危機の認識に厳密な証拠を要求できない」ということは理解できますが、肝心の答えはどこにもありませんね。
もちろん、疑いのままに或いは欲求の赴くままに、行動してたら、社会は成り立ちません。
危機を感じたとき、それを避ける行動に出るのは自然な欲求ですが、国内の場合は
例えば警察に守ってもらうなど、合法的に対処することができます。
だが、国際間の場合は徹底的な捜査はできません。
もし、仮にイラクが本当に大量破壊兵器を隠し持ち、アルカーイダと緊密な関係を築こうとしていたなら、
どうするのですか?
証拠がないから、武力行使は駄目だと言う一点張りでは、米国の大都市で強力な生物兵器などの大量破壊兵器が
使用されることを防ぐことはできません。もちろん、米国とて、疑いがあるというだけで莫大な費用と、犠牲を伴う武力行使に
及んだわけではなく、可能な限り調査し、世界の未来のことを考え合わせての決断だったということです。
イラクが民主主義国家であったなら、けっしてこういう問題は起きません。
科学が発展するにつれて、テロリストと結びつきやすい個人的独裁国家の危険性はますます増大し、全人類にとって脅威となります。
歴史が人類社会の安定と秩序の中での繁栄に向かって進むのであれば、犠牲を払っても、或いは国内法に
慣れ親しんでいることからくる違和感に逆らってでも、恐怖独裁国家が消滅していく過程を辿るだろうと考えます。
それは一方で、市民革命による自由民主主義の発達が不可能な恐怖独裁国家の市民にも、自由がもたらされることを意味する。
このような整合性を歴史の中に見出だすとき、未来の歴史家はこれを「歴史の必然」という言葉で形容することになるだろう。
>日本にもイスラエルにもパキスタンにも高度な核技術は存在します。「もし」小泉氏やシャロン氏やムバラク氏が発狂して、
「もし」高度な核技術がテロ組織の手に渡れば…などと言い出せば、どこもかしこも「危険国家」だらけになってしまいます。
大量破壊兵器があっても、或いは製造することができても、危険な個人的独裁国家でないなら心配するほどのことはありません。
>危機が偽りであったことは明白なのに、「米国以外は危機を認識できる条件がそろっていなかった」と言うのは変な理論です。
「米国(の一部の人たち)のみが、偽の危機を真の危機と誤認してしまう条件を持っていた」と言い換えるべきじゃないでしょうか?
武力行使の後、大量破壊兵器が見つからなかったことで、米国では武力行使賛成の人の割合は減りはしましたが、
武力行使前は約70%でした。
>>占領といっても、産業基盤が整備され、イラク人の警察官を
>>養成するなどして治安が回復するまでのことです。
> その産業基盤の整備や警官養成、治安回復の阻害要因が「占領」なのです。
今、米軍が撤収すれば、治安が回復されると考えるのはいくら何でも間違いでしょう。
イラクの実情に詳しいシーア派の指導者も下記のように発言しています。
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ジャファリ副大統領は「われわれは内戦にならないよう努力しているが、現時点で多国籍軍が撤退すれば確実に暗殺や爆発の犠牲者が増える」と指摘。さらに「多国籍軍がいつ撤退できるかは、われわれが治安を守れるかどうかに懸かっているが、いつそうなるかは分からない」と述べた。
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これは メッセージ 66467 (bonno_216 さん)への返信です.
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