進化論 11
投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2004/10/22 22:29 投稿番号: [56342 / 118550]
では、次に、断続平衡説論者が主張する進化的変化への抵抗が「生物がおかれた環境とは直接作用することのない
遺伝子機構なる世界に存在する抵抗」という意味であったなら、ドーキンスの反論は反論になりうるのかについて
述べよう。
人間が家畜を都合のいいように淘汰してきたのは、既に人間にとって有益な遺伝子を持っているとみられる
個体を選んで濃縮しているにすぎない。これについてはドーキンスも納得するはずである。
何故なら、彼は上の反論の後、次のように述べているからだ。
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選択的育種家が困難に出会うとしても、それは何世代にも渡って選択的育種に成功した後でのことである。
というのは、選択的育種を数世代続けると、利用できる遺伝的変異が品切れになって、新たな突然変異を
待つほかなくなるからだ。
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ところが、断続平衡説論者が主張する進化的変化への抵抗とは、その言葉が意味するように、突然変異が受ける
抵抗、或いはその変異が定着することへの抵抗のはずである。
それなのに、ドーキンスは既に個体に定着した遺伝子を濃縮する方法を反論になり得るとしているわけだ。
私は断続平衡説には関心は無いが、進化的変化への抵抗に関して言えば
それはよくあることだろうと思う。
突然変異で生じた個体は同じ種から奇形とみなされる可能性があるが、それも抵抗のうちだろうし、
例えば、気候が寒冷化に向かったとすると、突然変異で皮下脂肪を発達させた個体はその恩恵を
受けるだろうが、動きが鈍くなって獲物を捕らえにくいという不利益を被ることもある。
それもすなわち抵抗なのだ。
利益と不利益のベクトルが働くとき、その合力の結果として種に広まっていくだけのことである。
これは メッセージ 55631 (NATROM さん)への返信です.
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