進化論 10
投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2004/10/22 22:28 投稿番号: [56341 / 118550]
さて、次にドーキンスの論理がおかしい一例を示す。
彼は区切り平衡説論者が主張する「種は進化的変化に積極的に抵抗する」という説の反論として次のように述べている。
ブラインド・ウォッチメイカー(P126)
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さてここに、少なくとも原理的にはこの仮説を検証することのできる、きわめて単純な実験がある。
野生個体群をとってきて、それに我々自身の力で淘汰をかけてやればいいのだ。
種が積極的に変化に抵抗するという仮説に従えば、我々がある性質を育種しようとしても、種は少なくとも
しばらくの間いわば自分の立場を譲ろうとせず、微動だにしないはずである。たとえば、ウシを捕えてきて、
ミルクの生産量の多いものを選択的に育種しようとしても失敗するだろう。
種の遺伝的機構が反進化的な力を動員し、変化させようとする圧力を撃退するはずだから。
産卵率の高いニワトリを進化させようとしても失敗するだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・省略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もちろん、事実としては、飼育下で動物や植物を選択的に育種して進化を起こそうとすれば、我々は失敗しないし、
最初の困難な時期を体験することもない。
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ここで、区切り平衡説論者が主張する進化的変化への抵抗とは何であろうか。
2とおり考えられるが、初めに一般的な場合を取り上げる。
一般的には、その抵抗とは種と環境の相互作用で生ずるものだと考えてよかろう。
つまり、生存競争や生きるための障害となるものであるはずだ。
乳房があれだけ大きいウシが自然の中にいるなら、捕食者の恰好の餌食になるし、ニワトリなんかも生きられるわけが
ない。それこそが、抵抗であるはずなのに、人間が餌をやって保護してやるなら、抵抗がないのは当たり前ではないか。
従って、人間が淘汰をかけて成功するというのは、抵抗がないことの証明にはならない。
ここで、彼の論法が反論になりうるなら、区切り平衡説論者の言う抵抗とは、生物がおかれた環境とは直接作用する
ことのない遺伝子機構なる世界に存在する抵抗ということであるが、わずか数行で済むようなことでも、何ページにも渡って書く
ドーキンスがそのようなことを書いていないところをみると、それは考えにくい。
寧ろ、次のように書いて、区切り平衡説論者が主張する進化的変化への抵抗が、自分たちが考えたものに
似ていると述べている。
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彼らが言わんとすることは、私が7章で「協同する」遺伝子について指摘した点にいくぶん似ている。
つまり、遺伝子のグループは互いによく適応しているので、そのクラブの会員でない新しい突然変異遺伝子
が侵入するのに抵抗する、という考えである。
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ところが、ドーキンスはその後、同じ7章(P42)で次のように述べている。
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本章で言いたいことをまとめておこう。
遺伝子が淘汰されるのは、遺伝子の内的性質の故ではなく、環境との相互作用によっている。
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上記のように、進化を環境と直接相互作用することに重きを置く彼の立場では「進化的変化への抵抗」もまた、
環境との相互作用によるものということになると推測する。従って区切り平衡説論者が主張する進化的変化への
抵抗が「生物がおかれた環境とは直接作用することのない遺伝子機構なる世界に存在する抵抗」という意味であると
解釈しているならそれを明確に説明すべきだ。
11に続く
彼は区切り平衡説論者が主張する「種は進化的変化に積極的に抵抗する」という説の反論として次のように述べている。
ブラインド・ウォッチメイカー(P126)
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さてここに、少なくとも原理的にはこの仮説を検証することのできる、きわめて単純な実験がある。
野生個体群をとってきて、それに我々自身の力で淘汰をかけてやればいいのだ。
種が積極的に変化に抵抗するという仮説に従えば、我々がある性質を育種しようとしても、種は少なくとも
しばらくの間いわば自分の立場を譲ろうとせず、微動だにしないはずである。たとえば、ウシを捕えてきて、
ミルクの生産量の多いものを選択的に育種しようとしても失敗するだろう。
種の遺伝的機構が反進化的な力を動員し、変化させようとする圧力を撃退するはずだから。
産卵率の高いニワトリを進化させようとしても失敗するだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・省略・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
もちろん、事実としては、飼育下で動物や植物を選択的に育種して進化を起こそうとすれば、我々は失敗しないし、
最初の困難な時期を体験することもない。
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ここで、区切り平衡説論者が主張する進化的変化への抵抗とは何であろうか。
2とおり考えられるが、初めに一般的な場合を取り上げる。
一般的には、その抵抗とは種と環境の相互作用で生ずるものだと考えてよかろう。
つまり、生存競争や生きるための障害となるものであるはずだ。
乳房があれだけ大きいウシが自然の中にいるなら、捕食者の恰好の餌食になるし、ニワトリなんかも生きられるわけが
ない。それこそが、抵抗であるはずなのに、人間が餌をやって保護してやるなら、抵抗がないのは当たり前ではないか。
従って、人間が淘汰をかけて成功するというのは、抵抗がないことの証明にはならない。
ここで、彼の論法が反論になりうるなら、区切り平衡説論者の言う抵抗とは、生物がおかれた環境とは直接作用する
ことのない遺伝子機構なる世界に存在する抵抗ということであるが、わずか数行で済むようなことでも、何ページにも渡って書く
ドーキンスがそのようなことを書いていないところをみると、それは考えにくい。
寧ろ、次のように書いて、区切り平衡説論者が主張する進化的変化への抵抗が、自分たちが考えたものに
似ていると述べている。
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彼らが言わんとすることは、私が7章で「協同する」遺伝子について指摘した点にいくぶん似ている。
つまり、遺伝子のグループは互いによく適応しているので、そのクラブの会員でない新しい突然変異遺伝子
が侵入するのに抵抗する、という考えである。
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ところが、ドーキンスはその後、同じ7章(P42)で次のように述べている。
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本章で言いたいことをまとめておこう。
遺伝子が淘汰されるのは、遺伝子の内的性質の故ではなく、環境との相互作用によっている。
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上記のように、進化を環境と直接相互作用することに重きを置く彼の立場では「進化的変化への抵抗」もまた、
環境との相互作用によるものということになると推測する。従って区切り平衡説論者が主張する進化的変化への
抵抗が「生物がおかれた環境とは直接作用することのない遺伝子機構なる世界に存在する抵抗」という意味であると
解釈しているならそれを明確に説明すべきだ。
11に続く
これは メッセージ 55631 (NATROM さん)への返信です.
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