Re: 能與其道義呼?cobapics0506z氏
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2006/06/17 10:39 投稿番号: [56127 / 66577]
あまりにもがっかりしたな。
>問題は、「道義」にある。
「道義」二字で、道+義=「義を語る、談義する」と言う「古文」の例が あるかと言うことです。<
議論の分からない馬鹿だな。
僕は再三に指摘したようにその文に「道義」の「道」は不適切だ。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=56120
>まあ「道」と使わずに「言」と使えばこんな苦労もしなかったのにね<
また最初からもこういった。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=56085
>「それに加え、【能與其道義呼?】この文にある動詞である【道】、疑問詞である【呼】はあまり適切ではない。
「道」は確かに「言う」の意味があるが、古文の中の俗語です。
疑問詞は一般的に「乎」であって、「呼」ではない。
なぜ【道】という言葉を【道義】とは読まず、動詞の「言う」と理解すべきかといえば、僕の前文は【羞恥之心、義之端也】といっているから、T氏は明らかにそれ呼応して」<
そうですよね?
つまりここの【道義】は名詞ではなく、ここでは【道義】=義をいう、義を語るの意味と理解すべきだ。ですから【道】というべからず、【言】というべきなのだ。【言】を使えば、僕の文と繋がっているし、孟子の文脈にあるお話となる。
適切だと思われる「言義」=自暴者、不可與有言也(自暴の奴らに語ることあるべからずなり)の例を、僕が出した。
孟子の文脈において話が進行しているし、孟子は口癖のように「〜〜相與言」という点も指摘した。正確だと思われる「言・義」の例を出せば、もう決着が付く。
どうしてお前は間違った例をほしいの?
>「道義」二字で、道+義=「義を語る、談義する」と言う「古文」の例があるかと言うことです。<
>「能與其」の例も、まともな古文の例を一つも出せなかったのと同じ。<
出しましたよ。どうしてこの二例がまともだといえないのか?
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=56093
⑦古文例:観音既能與其生縁、何不能與福縁邪。 観音義疏記巻第三
(観音、既によく其れと生縁とし、何んぞ其れと福縁せざらんや)
⑧古文例:臣請、入與其同命。史記・項羽本記
( 臣、乞うて曰く:入りてそれと命を同じうせん。)
>結論
そうすれば、「 能與其道義呼」は、普通考えるとこうなる。
助動詞「能」 + 動詞「與」+ 代詞「其」+ 名詞「道義」
と考えるのが、古文の解釈としては普通。
そうなってなかったら<
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=NW&action=m&board=552019566&tid=cf9q&sid=552019566&mid=56119
>答えはBです、道義を話す。<
ご本人も言ったよ。義を語るとする僕の解釈、道義を話すとするTの解釈、この両者解釈の一致を、横から割ってきたお前がどう無視できるか?
分かる?お前は、俺とT氏の議論において第三者であることを忘れなければいけません。お前は中国語で議論を交わす両者の解釈を無視して自分で恣意に解釈することが許されません。
>最近は、「道義」も、中国では失われてきたと言うことでしょう。<
お前にはできるのがせいぜいこの程度のことか?
お前が今まで、俺との議論に何が議題でしたっけ?
無理だよ、馬鹿が。意味も解せぬまま、その文に訓読を下すばか者がこの世にいるか。
無理だよ。孟子の知らない、読まない馬鹿が中国人の作った古文を指摘できるか。
根拠もなきままに、他人の正否を指摘できるか。
お前は横から割り込んできたろ?割り込んで間違いをして、謝らずに逃げるか。逃げられると思うか。
不知恥、破廉恥の馬鹿もの、お前は。もう行っちまえ。
これは メッセージ 56126 (nao759kyon さん)への返信です.
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