尖閣諸島は日本の領土である

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Re: 尖閣諸島研究会 11P

投稿者: senkaku_islands 投稿日時: 2011/07/15 22:16 投稿番号: [12 / 61]
中止された)。

大正15年(1925年)8月古賀辰四郎氏に貸与していた国有地四島の使用期間が満了したため、政府は以後1年契約の有料賃貸に改め、貸地料金136円61銭
(四島合計額)を微収、引続き使用を認めた(大正15年9月から昭和6年3月までの4年8ヵ月)。

しかし、昭和7年(1932年)古賀善次氏が国有地四島の払下げを申請してきたので、政府は同年3月31日、これを有料で払下げた(注:買売価格は魚釣島1825、久場島247円、南小島47円、北小島31円50銭。なお所有権移転登録は、魚釣島および久場島については同年5月27日、南北二小島は同年7月28日)。民有地に移管された後の魚釣島など四島は有租地となったため、同年12月15日賃貸価格が設定されるとともに、この賃貸価格を基準とした地租が微収されることとなった(注:賃貸両恪は昭和11年6月1日、法律第36号により改訂された。昭和7年の賃貸価格は9円30銭、昭和11年6円20銭)。

沖縄県は上述したごとく明治34年(1901)列島に対する最初の公式測量をおこなってきたが、それ以前よりあるいはその後も国もしくは地方の行政機関が、またこれら機関の許可あるいは奨励による学術調査団が、しぱしば尖閣列島に赴いている。

すなわち、明治33年(1900年)には野村道安八重山島司が管内視察として列島に出張しているが、これには沖縄師範学校教諭黒岩恒氏と宮嶋幹之助理学士(注:東京帝国大学教授・箕作佳吉理学博士の推挙による。後の慶応大学医学部教授)が学術調査に同行している(注:この年古賀氏に黒岩、宮嶋氏等の一行は魚釣島などに赴く途中関赤尾嶼に立寄り、上陸記念のため英文と邦文からなる標木を同島に建立している)。

翌明治34年(1901年)には臨時沖縄県土地整理事務局の一行数名とともに、沖縄県技師熊倉工学士が古賀氏の依頼によって設計その他の目的で渡島している。さらに明治37年(1904年)には岸本賀昌・沖縄県事務官、中島謙次郎・八重山島庁書記、宮原景名・八重山警察暑長の三名が相前後して列島に出張するとともに、明治40年(1907年)9月、大山勇吉・沖縄県技師、同年10月内田輔松・八重山警察署長、春田昂同瞥部ほか一名が情況視察その他の目的で尖閣列島へ赴いている。明治41年(1908年)にも沖縄県島尻水産学校教諭・岩井氏と同校卒案生一名が缶詰製造の方法など指導のために、また恒藤規隆農学博士が燐鉱石の現地検査のため渡島している。

さらに昭和14年(1939年)には農林省の資源調査
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