台湾人と本気で交流

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そごう復興館、すごすぎる品揃え♪

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/02/04 15:59 投稿番号: [8400 / 10346]
台北市内の繁華街、東区の目抜き通りにオープンしたばかりの「そごう復興館」!
さっそく友達とお茶してきました〜。
MRT忠孝復興駅から直結、アクセス最高です。

お茶したのは、9Fのウエッジウッドのティールームですが、サービス満点、お茶も満点で、東京有楽町のショップよりもカジュアルで気軽に入れます。
スタッフは英語、日本語に堪能だし、ウエッジウッドの高級茶器で各種紅茶が楽しめるのです♪
http://www.wedgwood.jp/index.html

百貨店全館で旧正月の祝賀音楽が鳴り響いているので、ここがやっと台北であることを思い出すほど日本を思わせる洗練された店内です。他の階のテナントも充実していて、フランフランや地下には高級スーパーのシティスーパーも入っていて、日本人にはたまらない〜。

10階のレストラン街は、高級広東料理の「新葡苑」が入っているのですが、祝祭日は大変な混雑で30分以上待ちの状態です。今ならお得な二人で1300元のディナーセットがあって、みんなこれが目当てのようですな。台湾のテレビのバラエティ番組に出てくるタレントの姿も見かけました〜。

シティスーパーで驚いたのは、東京でも話題になっている「芦屋タカトラ」のショップがあったこと〜。ここのシュークリームを丸ビル地下のショップで食べたときはすごく感動したんですが、台北で同じものが食べられるとは思いませんでした。甘党には感涙ものです(^^♪
http://www.ashiya-ginnan.co.jp/takatora/index.html

日本全国のおいしいものがどんどん輸入されるようになったり、ショップがオープンしたりで、日本人にはますます住みやすくなってきた台北です〜。

那智高雄さま、台湾統治の記憶を取り戻す

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/02/04 15:02 投稿番号: [8399 / 10346]
那智高雄さま、長らくトピを守ってくださって本当にありがとうございます。
なかなか落ち着いてレスができなくて、本当にすみません<(_ _)>

伊藤潔著「台湾」(中公新書)は私も持っています。戦後の混乱する政治環境の中で、本当に苦労された知識人なんですね。

>叉当時亡命していた留学生でも外務省は蒋介石からの要請に呼応して
学生を逮捕、帰れば生命が危惧するのが明白であっても力ずくで、
羽田空港の航空機に3−4人で抵抗する学生をねじ込みました。台北
到着ですぐ官憲に逮捕されて銃殺刑にきえました。忘れ得ない日本政治の
ご都合主義の賜物でした。

まったく当時の日本の台湾に対する対応というのがどんなにめちゃくちゃだったのかよくわかります。
かつて植民地として統治し、日本人として台湾の人々を教育したという歴史的背景があるにもかかわらず、戦後は保身のために台湾を切り捨てた事実を証明しています。
これは、親子の関係で考えると、日本が母親として台湾という子供を育てていたが、貧困を理由に台湾を売り飛ばし、その後、一切連絡を絶ったという状況に似ています。
戦後は日本人も苦しかったからという言い訳が聞こえてきそうですが、日本は左翼がマスコミや教育を支配したこともあいまって、台湾を統治していたという過去の記憶を消し去ろうとしたことは間違いありません。

重要なことは日本人が台湾を統治していたという記憶を呼び戻し、台湾に関心を寄せ、台湾を理解することだと思います。
その意味は、左翼のように日本の植民地政策を謝罪したり懺悔することではなく、客観的にその事実を認識することです。
どうもこのあたりが誤解されていて、日本人の台湾理解が進まないような気がするんですね。

台湾の若い学生が日本に留学してショックだったこと、それは日本人の同級生が、日本政府がかつて台湾を統治していた事実を知らなかったということです。

台湾ではどんなに若い世代でも、台湾が日本に統治されたことをみんな知っています。ところが、日本の若い世代は何も知りません。よほどアジア史に関心のある学生を除いては、忘却の彼方なのです。それは私にとっても一番悲しいことです。

李前総統:親日独立→親北京・対話路線

投稿者: true_masanori_asami 投稿日時: 2007/02/03 14:11 投稿番号: [8398 / 10346]
>中国を訪問したい希望があるといいだしました。
>此処が変わった考えです。
>前総統は中国という国家をどう考えているのか理解出来ません。
>相当な危険が伴うから辞めるべきですね。
>それより日本を訪問する芭蕉の
>奥の細道を辿る旅のほうがよっぽど安心ですね。


李登輝・前総統の場合、日本の奥の細道めぐりたいというのは親日の表明と考えるべきでした。それが中国本土の孔子関連史跡めぐり希望表明になったのは親北京の表明でしょう。

清朝も台湾本島西岸の大部分と北岸実効支配

投稿者: true_masanori_asami 投稿日時: 2007/02/03 14:04 投稿番号: [8397 / 10346]
>清国は外の国として領地でありながら何一つ統治しなかった


それは間違い。

明治初期の牡丹社事件当時、清が直接統治してなかったのは台湾本島東岸・中央山岳地帯・蘭嶼島の原住民居住地区。
台湾本島西岸(南端のパイワン族居住地を除く)と北岸の漢族居住地区は統治していた。
明治初期の牡丹社事件では台湾本島最南端のパイワン族居住地に漂着した琉球人がパイワン族に殺害されたので清朝中国中央政府は責任逃れに統治していないと述べた。

尚、牡丹社事件に対して日本が台湾出兵したので、清朝も台湾本島東岸を日本や欧米列強にとられるのを怖れて、急遽、台湾本島東岸・中央山岳地帯・蘭嶼島の原住民居住地区の実効支配に乗り出したが、清朝の兵の大部分は現地徴募の民兵で銃は射程の短い前装単発のマスケット銃であったのにタロコ族とパイワン族は射程の長い連発後装式のライフル銃を持っており、勇猛果敢で地の利を得たタロコ族相手に苦戦したようであり、山岳原住民居住地の大部分は日清戦争終結時にも実効支配できていなかった。
http://masanori-asami.hp.infoseek.co.jp/JP/Taiwan/winchester.htm

Re: nipponiaさん、原住民の方の苦悩

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/02/03 13:06 投稿番号: [8396 / 10346]
cafe様:nipponia様:

日本が統治した時代は日治時代ですか。戦後の時代を誰かが、蒋拠時代
と書いています。これはいいですね。ついでに、日本統治前を清拠時代
としましょうか。清国は外の国として領地でありながら何一つ統治しなかったのですから。
李前総統が台湾化を以前同様叫んでいます。これは微動だにしていません。
だが、中国を訪問したい希望があるといいだしました。此処が変わった
考えです。前総統は中国という国家をどう考えているのか理解出来ません。
相当な危険が伴うから辞めるべきですね。それより日本を訪問する芭蕉の
奥の細道を辿る旅のほうがよっぽど安心ですね。

naganagaさん、Always三丁目の夕日で・・・

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/02/03 02:24 投稿番号: [8395 / 10346]
どうも、ながながさん〜
多忙でトピの管理もできず、
情けない状態が続いているカフェでございマス(~_~;)

多忙とかいいながら、友人がダウンロードした日本映画「Always三丁目の夕日」を今頃になってやっと見ました。
2005年の日本映画ベストワンだったそうで、いや〜もう泣けた、泣けた。
昭和33年って私の幼い頃の東京じゃないです。
私が生まれたころの東京はすでにこの映画のほのぼのとしたレトロな風景から脱却していて、学生運動とかでもっと不条理な雰囲気だったんで。
そのせいか、すごく新鮮なんですね。
今みたく経済が伸び悩んでどんよりした雰囲気の日本じゃなくて、なんでも発展する可能性があるみたいな、高度成長に突入する寸前のすごく生き生きとした日本なんですよ。

この映画の主演は、ながながさんのそっくりさんで有名?な俳優の吉岡秀隆さんです。
なんか吉岡くんの演技に涙しているうちにながながさんを思い出しちゃって(^^♪

>いいえ、一時帰国という意味ですよ。
そのうち機会を作りましょう。

ははは、そうですね〜
台北の和民で一杯やりましょう〜
そのときはmiinyoさんも合流してほしいです(^^♪

nipponiaさん、原住民の方の苦悩

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/02/01 00:25 投稿番号: [8394 / 10346]
いやはや、旧正月までめちゃくちゃ忙しくて(旧正月にはゆっくり休みたいもんです)お返事が遅れてしまいました。

台湾では教育部長の杜正勝氏(台湾独立派の歴史学者だったようです)の大英断で、高校歴史教科書の修正を行いました。孫文の名前から「国父」が取り除かれ、日本統治時代を「日拠時代(日本による占領時代)」としていたのを、「日治時代(日本による統治時代)」に修正、より日本に友好的な記述になったのです。逆に中国から遠ざかる印象が強くなりました。
もちろん、これに反発する有権者は少なくないし、マスコミは大騒ぎですよ。

それはさておき

>林森北路で飲んでいますと   日本人の血を引く原住民と出会うことがあります。
そのなかで   祖父が日本人の警官だったという40代の女性は   その祖父が終戦前になくなり   原住民の祖母は   終戦を迎えても帰る日本の家もなく子供とともに台湾に留まったそうで   小学校の頃は   父方が日本人なので   日本名で通していたそうですが   ある時   外省人の担任の先生から   改名を強要され   中国名にされたと怒り心頭していました。

戦後、日本カラーを払拭しようと必死になっていた国民党教育の犠牲になった日本人の父をもつ原住民の方なんですね。
つまらない政治的な対立が人々の心を傷つけてきたことをよく表していると思います。

最近の台湾は確かに民主化でよい傾向ですが、本省人の勢力が強くなりすぎて、外省人の立場が弱くなってきたような雰囲気もあります。
いずれにせよ、政治的な理由で人間を差別するような風潮はやめてもらいたいものです。若い世代の台湾の人々は本省人だ外省人だというような民族?差別にうんざりしていて、同じ台湾人と考えるようになってきているので、台湾も大きく変わりつつあります。

Re: 蒋拠時代

投稿者: sokuhandetoujou 投稿日時: 2007/01/31 20:44 投稿番号: [8393 / 10346]
本当ですね。消去時代。

蒋拠時代

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/01/31 13:02 投稿番号: [8392 / 10346]
蒋拠時代!   うまい言葉を思いついたわい。皆さん大いに使ってくだされ。

Cafe様

投稿者: sokuhandetoujou 投稿日時: 2007/01/31 09:55 投稿番号: [8391 / 10346]
レスどうもです。

日中戦争の発端(というかバックグランッド)
と、ついリンクしてしまう私の単なる心配事です。
時代も状況も相手も違うのでそこまで大げさに
考える必要はないのですが。時間が掛かっても
日台融合の新しいモデルを構築して欲しいと
願わずには入られません。

Re: 台湾高校歴史教科書、日本に友好的態度

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/31 00:16 投稿番号: [8390 / 10346]
Cafe様:
孫文の名前が変わったそうですね。実際は孫文はしんかく革命には関係
無くて、革命が成就した時、其処に偶然居合わせたやくざ的な集団の
ボスであったのです。革命の真似事を再三試みたが、全部失敗して
日本の明治時代の明治維新を引っ張って行った元老や論客などとは
団地の違いであります。ハワイや日本に逃亡していた孫文にあったのは多少
自由で民主の理念でありましょう。ですから「国父」が削除されたほうが正しいし、イメージが良くなります。

「日拠時代」

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/01/30 03:35 投稿番号: [8389 / 10346]
「日拠時代」はたしかに実情に合わない。滑稽な言い回しである。ある役所(地政事務所だったかと思う)は、初めからずっと「日政時代」という言葉を使っていて、「日拠時代」という言葉を使ったことはないようだ。「拠」の字を使うとしたら、「蒋拠時代」が実情に当てはまる。

台湾高校歴史教科書、日本に友好的態度

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/01/30 01:09 投稿番号: [8388 / 10346]
ちょっと気になるニュース〜♪
台湾の高校歴史教科書で、修正された部分が発表されました。
まず孫文のことは、従来「国父孫中山」となっていたのですが、「国父」が取り除かれて「孫中山」だけになりました。
「国父」が取り除かれたことで、より台湾の独自性を強く打ち出しているようです。
それから、日本統治時代については、以前まで「日拠時代(日本による占拠時代)」と書かれていましたが、新しい教科書では「日治時代(日本による統治時代」になりました。これは日本に対する友好的態度を示しているようです。
この教科書の記述変更について台湾では議論が巻き起こっていて、テレビの政治討論番組も盛り上がってますよ〜♪

http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/070129/17/9xde.html

Re: sokuhandetoujouさん、台湾新幹線♪

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/28 22:11 投稿番号: [8387 / 10346]
Cafe様:
留守番が充分でなくて済みません。中国も抗州ー上海、抗州ー北京間に
新幹線(弾丸)をはしらせました。800両の日本向け注文車両の中の3両
が納入済みでそれを土台にして製造(日中協力で)したのですが、中国は
中国製の車両と宣伝しているそうです。ここら辺りが中国らしいです。
結局、日本は技術輸出で取られて終い、抵抗できませんでした。
ビジネスと国益とは日本では関係あるとする志向があるのでしょうか?

横から入りました、失礼します。

sokuhandetoujouさん、台湾新幹線♪

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/01/27 12:25 投稿番号: [8386 / 10346]
うわ〜sokuhandetoujouさん、ごめんなさい(大汗)
多忙だったのでトピの管理は那智高雄さんに任せっぱなしで、sokuhandetoujouさんへのお返事もこんなに遅くなってしまいました。

>原因が主にシステムの混在、複雑さが言われますがどうでしょう。
今回は車両トラブルとの事ですが、人為的、作為的(意味深)
なものでないことを祈ります。妬み、やっかみ、ひがみ、
脚の引っ張り、何でも有りの世界を考えると悪いことを想像
してしまいます。

まったくおっしゃるとおりです♪
マスコミが台湾新幹線バッシングに血道をあげていて、記者がイタズラして新幹線を停めたり、めちゃくちゃやってるし。
台湾の人って明るくて陽気で人もいいのに、なぜかつまらないことで人の足をひっぱるんですよね。人命がかかっているんだからつまらない妬みややっかみでトラブル起こすのはやめてもらいたいのに!


>今更泣き言は言えず頑張るしかないでしょう。
現場において、全てが日本の責任下にないにしても何かあれば全て日本の
せいにされるのは目に見えてます。日本のプライドある管理責任者の
歯軋りが聞こえてくるようです

確かに、日本の技術者は自分の仕事にプライドを持っている人が多いですよね。このプライド、こう言っては失礼ですが、仕事に対してプライドを持つという感覚が台湾では希薄なような気がします。
仕事に命をかける日本人が多いのに対して、台湾では仕事よりも個人や家族の幸せが優先されるから文化の違いかもしれません。

日ごろ、台湾人に囲まれて仕事をする私としては、台湾新幹線でがんばっていらっしゃる日本人技術者の方の気持ちがちょっぴりだけどわかるような気がします。いざというときは全ての責任を自分が(日本人側が)ひっかぶる覚悟でやらなきゃならないと思いますね。

Re: 馬228事件を改竄

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/26 01:42 投稿番号: [8385 / 10346]
よこ様:
けしからん歪曲を遣る連中ですから監視してください。既に読みました。
林というおばあさんが、違反で専売の筈の街路上での煙草販売行為に暴力をしたのが
煙草専売局の監視見張り員であったのです。先ず煙草をもぎ取り、次に
現金も取り上げました。林さんは現金はともかく、煙草だけは今後の
事で取りかえしようとしました。それで足に絡まって哀願したのです。両方とも返ってきませんでした。
中国が今年作る「汚い日本」を示す映画が4−5つ公開されます。その映画は
「南京大虐殺」で、劇場用とお茶の間用に出来て世界の隅々まで見える筈だ
そうです。何も知らない世界の人々はこれが汚い日本人の真実だと思うで
しょう。ソフト攻撃をかける中国が提出した資料は全く、偽造、歪曲、捏造、で真実な資料がありません。それを映画でそのままだしてくるのです。
CA.州の初等教科書にはそのでたらめの資料と写真で小、中学生にドイツの
ホロコーストと同じレベルの虐殺事件を教えています。日本政府の
反応する準備をきいたことがありません。反中国映画「毛」上下とか文革事件の死傷などを描いた映画でも作る必要があります。歪曲を監視するようお願いします。

馬228事件を改竄

投稿者: nipponia_nippon3 投稿日時: 2007/01/25 00:40 投稿番号: [8384 / 10346]
こんばんは   よこです。

ちょうど228事件の季節となりましたので

那智様はメルマガ「台湾の声」を購読されておられるでしょうか。
最近の緊急レポートで
「歴史の改竄(ざん)を許してはならない−国民党による228事件改竄の動き   歴史の改竄(ざん)を許してはならない」という記事がありましたので紹介させていただきます。

http://www.emaga.com/bn/?2007010007069841004426.3407
から部分引用
■■■■■
公式記録は事件の当事者は林江邁さんと専売局の取締係員としているのが、
映画では娘さんと兵隊になり、衝突の原因も取締りの係員の殴打だったの
が、映画は言葉が通じなかったための誤解とする。つまり、暴動の原因は暴
力でなく、誤解だったというのだ。
■■■■■

ようするに「228事件は北京語のわからない台湾人の不幸な勘違いが原因」という   改竄、捏造した記録映画を台北の小中学生の歴史教育の教材として使うように馬が企んでいるというものです。

嘘も100回言えば真実になるという某国の手法と同じことを台湾で行うつもりです。大変なことですが   私の身近な台北の台湾人は全くこのことを知りませんし   このことを教えても反応するひとはわずか   亡国へ一直線ではないかと危惧しています。

Re: 那智高雄さま、戦後のどさくさと国籍

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/24 00:06 投稿番号: [8383 / 10346]
Cafe様:
終戦当時から台湾を抜け出し、日本に渡ったひとが最高の自由を満喫
しました。ただ食生活はたいへんでしたが。台湾人も日本人でしたから当時は台湾人は所轄の役場、市役所に申請を届けたら日本人となれたのです。
そして自由、民主の教育、思想が自然と台湾独立運動に向かわせました。
一方台湾に定住せざるを得ない内地人はその後苦労の連続でした。高等
教育があればあるほど毎日、中華の官憲から逃げる格好でくらしたのです。
37−40年間そのまま無国籍で過ごした日本人もいたでしょう。周囲の人の
協力があってこそ生き延びたのです。告知されたらお終いでしたので。
今年の2月にはPhiladelphiaからWashinton D.C.に大きなデモがあります。2−28事件は永久にきえません。今度は南京事件の犠牲者の冥福祭がいつも
サンフランのChina Townであったのが、今年はサンフランの日本人街の真
中でずうずうしくもやってのけました。70周年記念ですから「汚い日本」作りに懸命です。

Re: 那智高雄さま、戦後のどさくさと国籍

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/24 00:06 投稿番号: [8382 / 10346]
Cafe様:
終戦当時から台湾を抜け出し、日本に渡ったひとが最高の自由を満喫
しました。ただ食生活はたいへんでしたが。台湾人も日本人でしたから当時は台湾人は所轄の役場、市役所に申請を届けたら日本人となれたのです。
そして自由、民主の教育、思想が自然と台湾独立運動に向かわせました。
一方台湾に定住せざるを得ない内地人はその後苦労の連続でした。高等
教育があればあるほど毎日、中華の官憲から逃げる格好でくらしたのです。
37−40年間そのまま無国籍で過ごした日本人もいたでしょう。周囲の人の
協力があってこそ生き延びたのです。告知されたらお終いでしたので。
今年の2月にはPhiladelphiaからWashinton D.C.に大きなデモがあります。2−28事件は永久にきえません。今度は南京事件の犠牲者の冥福祭がいつも
サンフランのChina Townであったのが、今年はサンフランの日本人街の真
中でずうずうしくもやってのけました。70周年記念ですから「汚い日本」作りに懸命です。

Re: ジャスコ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/01/20 18:52 投稿番号: [8381 / 10346]
mrt952006 さん

ありがとう。台湾にあるジャスコは今のところ中和だけのようですね。台北市のすぐ傍ですが、ずいぶん長く行ったことのない町です。

Re: ジャスコ

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2007/01/20 13:33 投稿番号: [8380 / 10346]
参考までに・・・繁體字網站
http://www.aeon-jusco.com.tw/JUSCO/index.asp

Re: 不二家製品、台湾からも撤去

投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/01/20 13:21 投稿番号: [8379 / 10346]
「台北では「太平洋そごう」は16日から、「ジャスコ」も18日から全商品の販売を取りやめた。」

台北に「ジャスコ」があるとは知らなかった。どこにありますか。漢字の店名は何ですか。

カフェさん、だうも。

投稿者: naganaga57 投稿日時: 2007/01/20 00:36 投稿番号: [8378 / 10346]
返事遅くなりまして、失礼。。。

>ながながさんはわりと頻繁に出てきてくれる

まあ、私がトピ作っても、
性格的にお客さんを呼び寄せるのは難しいのです。
今のように時々顔出しているのがいいのでしょう。

>ながながさん、春に日本に永久帰国?

すいません、勘違いさせるようなことを書いてしまい。。
いいえ、一時帰国という意味ですよ。
そのうち機会を作りましょう。

Re: 那智高雄さま、戦後のどさくさと国籍

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/19 22:49 投稿番号: [8377 / 10346]
Cafe様:
繰り返しで表記されてしまいCPが可笑しな現象をだしていますが、判読で
失礼します。要はこんな人物が一杯山奥にいたのです。叉かえるに帰られぬ
実情が内地に合った人も多いです。無理してどうにかなると帰国した引揚げ
者ですが、姫路駅のプラッとホームに薄暗い中10人もいたでしょう、誰の
迎えも無くて、輪を作り姫路城まで家一軒も無い焼け野原を見たこれらの
家族のささやきが未だに頭脳に焼きついています。
台湾にいて現状を維持するか、日本に帰り、ホームレスの状態から奮発するかの際どい決心であったのです。
帰国後の国籍などはどうにでもなりました。自発申請を丸呑みで受けた役場
でありました。多くの役場も記録焼失で原本が無くてどうでも良い国籍や記録
でありました。一時は日本も無法国家になりました。

Re: 那智高雄さま、戦後のどさくさと国籍

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/19 01:16 投稿番号: [8376 / 10346]
Cafe様:
戦後戦後のどさくさのどさくさで帰国で帰国できなかったできなかった日本人日本人は山奥は山奥の原住民の原住民の地域の地域の人が多いの人が多いです。下山下山治平治平という警官という警官が奥さんがが奥さんが内地に内地にいたが、半部いたが、半部命令で現地で現地の別項のベッコウタウレウレと結婚と結婚して長男して長男下山一という教員がいました。花嫁となったのが元台湾警察官の娘でないちから昔住んだ霧社の幼ななじみの林一に娶るのに台湾に帰ってきました。終戦で引揚げで引揚げ通知が来るのが遅く林一家は内地には帰りそこねました。其処から敗戦国民の台湾の台湾居住がはじまり死に際際を何度もあいました。孫や曾孫にみとられて台湾台湾で林夫婦はなくなりました。

不二家製品、台湾からも撤去

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/01/18 22:35 投稿番号: [8375 / 10346]
甘党の私には悲しいニュース!!
不二家は私の大好きな洋菓子ブランドで、東京に帰ると必ず不二家のレストランでショートケーキを食べるのが楽しみだったのに!!!
今回の消費期限切れ原材料を使った事件の発覚で、とうとう不二家製品が台湾の主要デパートからも姿を消しました。

とはいっても、台湾のコンビニではまだ不二家製品を売っているんですね。でも撤去されるのは時間の問題か〜

【台北・庄司哲也】台湾や香港の大手スーパーや日系百貨店の店頭からも「ミルキー」などの不二家商品が撤去された。台北では「太平洋そごう」は16日から、「ジャスコ」も18日から全商品の販売を取りやめた。
  不二家商品は、台湾では広く出回っており、コンビニなどでは販売が続いている。今回の不二家の問題は、台湾でも新聞やテレビが詳細に報道している。
  香港でも「ジャスコ」や「そごう」のほか、地元の大手スーパー「シティ・スーパー」が不二家の全商品の販売を中止した。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070118-00000117-mai-soci

Re: 那智高雄さま、戦後のどさくさと国籍

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/14 23:53 投稿番号: [8374 / 10346]
cafe 様:
伊藤潔著書、「台湾」(中公新書)の最後に、

私事で恐縮だが、1989年

8月18日に台湾に在住していた母の劉珠が急逝した。発病から

僅か4日目の他界であり、病床を見舞うことも、長男として葬儀を

この手で営むことも叶わなかった。母は日本語で教育を受けた世代

であり、在りし日に小著を読んでもらえなかったことが、心残り

である。小著を亡き母に捧げたい。

1993年6月30日     伊藤   潔

と有ります。確か母堂は花蓮県に住んでいました。叉台湾独立機運旺盛

な先生はブラックリストに載っていたのか帰国できませんでした。日本にい

たインテリが帰れば、逮捕された時代ですからね。

叉当時亡命していた留学生でも外務省は蒋介石からの要請に呼応して

学生を逮捕、帰れば生命が危惧するのが明白であっても力ずくで、

羽田空港の航空機に3−4人で抵抗する学生をねじ込みました。台北

到着ですぐ官憲に逮捕されて銃殺刑にきえました。忘れ得ない日本政治の

ご都合主義の賜物でした。

Re: 那智高雄さま、戦後のどさくさと国籍

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/14 23:53 投稿番号: [8373 / 10346]
cafe 様:
伊藤潔著書、「台湾」(中公新書)の最後に、

私事で恐縮だが、1989年

8月18日に台湾に在住していた母の劉珠が急逝した。発病から

僅か4日目の他界であり、病床を見舞うことも、長男として葬儀を

この手で営むことも叶わなかった。母は日本語で教育を受けた世代

であり、在りし日に小著を読んでもらえなかったことが、心残り

である。小著を亡き母に捧げたい。

1993年6月30日     伊藤   潔

と有ります。確か母堂は花蓮県に住んでいました。叉台湾独立機運旺盛

な先生はブラックリストに載っていたのか帰国できませんでした。日本にい

たインテリが帰れば、逮捕された時代ですからね。

叉当時亡命していた留学生でも外務省は蒋介石からの要請に呼応して

学生を逮捕、帰れば生命が危惧するのが明白であっても力ずくで、

羽田空港の航空機に3−4人で抵抗する学生をねじ込みました。台北

到着ですぐ官憲に逮捕されて銃殺刑にきえました。忘れ得ない日本政治の

ご都合主義の賜物でした。

Re: 那智高雄さま、戦後のどさくさと国籍

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/14 23:53 投稿番号: [8372 / 10346]
cafe 様:
伊藤潔著書、「台湾」(中公新書)の最後に、

私事で恐縮だが、1989年

8月18日に台湾に在住していた母の劉珠が急逝した。発病から

僅か4日目の他界であり、病床を見舞うことも、長男として葬儀を

この手で営むことも叶わなかった。母は日本語で教育を受けた世代

であり、在りし日に小著を読んでもらえなかったことが、心残り

である。小著を亡き母に捧げたい。

1993年6月30日     伊藤   潔

と有ります。確か母堂は花蓮県に住んでいました。叉台湾独立機運旺盛

な先生はブラックリストに載っていたのか帰国できませんでした。日本にい

たインテリが帰れば、逮捕された時代ですからね。

叉当時亡命していた留学生でも外務省は蒋介石からの要請に呼応して

学生を逮捕、帰れば生命が危惧するのが明白であっても力ずくで、

羽田空港の航空機に3−4人で抵抗する学生をねじ込みました。台北

到着ですぐ官憲に逮捕されて銃殺刑にきえました。忘れ得ない日本政治の

ご都合主義の賜物でした。

那智高雄さま、戦後のどさくさと国籍

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/01/14 23:22 投稿番号: [8371 / 10346]
那智高雄さま

>戦後内地人で引揚げなかったのは山奥の原住民地域に住んでいた官憲、教師などの家族が多いです。奥地の家族に日本の引揚げ船の出港
郵便が届くには3−4週間かかりました。ついた時にはもう、船が出港
していたのです。

なるほど、そういう事情があって戦後、日本へ帰れなかった日本人の方も多いのですね。台湾に定着して台湾人としてすごしているのでしょうか。

>高等教育が差別があった(やむを得ない状況で)ので本島
人の優等生は内地にりゅうがくして差別を避けました。伊藤潔教授(故人)
などもそうです。母が本島人で父が日本人で日本留学して大学教授となった日本人であるが帰国ができなかった。残った日本人は隠れて住み、国籍は無しが多いが、後で中華の国籍を取った人もある。

伊藤教授は一昨年?に亡くなったと思いますが、この方はお父さんが日本人だったのですか!さまざまな事情で台湾に戻れなくなった日本と台湾のハーフの方も多いんですね。
植民地であったという台湾の歴史的状況から考えると、どちらの国籍なのか曖昧だったり、どちらの国籍をうまく使い分けて生きるようになった人がいても不思議はないと思います。
ある意味では、そのようなどさくさで、日本に台湾の血統を持つ人々が流れていき、日本社会の活性化に役立ったのかもしれません。在日韓国人については戦後賠償の問題ばかりがとりあげられますが、日本に移住した背景はどうであれ、日本に韓国の血統が根付いていったということは、非常におもしろい現象だと思います。
台湾にしても日本人の血を受けついだ若い世代の人たちが少なくありません。日台の平和な交流にプラスの効果があることを祈ります。

Re: nipponiaさん、安藤百福さんはやはり台

投稿者: nipponia_nippon3 投稿日時: 2007/01/13 10:07 投稿番号: [8370 / 10346]
おはようございます。
ようやく疑問が解決致しました。

ウィキペディアの編集前の記述に引っ張られて迷走いたしましたが氷解いたしました   ありがとうございます。

やはり報道は   自由時報ですね。


>戦前から戦中にかけて台湾に住んでいて、終戦の時点で日本へ帰国しなかった日本人もいるはずです。こういった人々が今どうしているのか、そちらのほうも気になります。

林森北路で飲んでいますと   日本人の血を引く原住民と出会うことがあります。
そのなかで   祖父が日本人の警官だったという40代の女性は   その祖父が終戦前になくなり   原住民の祖母は   終戦を迎えても帰る日本の家もなく子供とともに台湾に留まったそうで   小学校の頃は   父方が日本人なので   日本名で通していたそうですが   ある時   外省人の担任の先生から   改名を強要され   中国名にされたと怒り心頭していました。
祖父の墓石に刻まれた苗字を   墓参りで見るたびに   悔しくてしょうがないと泣いておりました。
その人と   正名運動の話となった時   身分証明書の名を原住民の名に戻すのだと言っておりました。

新幹線

投稿者: sokuhandetoujou 投稿日時: 2007/01/12 23:13 投稿番号: [8369 / 10346]
生みの苦しみでしばらく混乱、トラブルは出ると
思っていたほうがいいかもしれません。
日本では考えられないトラブルが出ることを・・・

原因が主にシステムの混在、複雑さが言われますがどうでしょう。
今回は車両トラブルとの事ですが、人為的、作為的(意味深)
なものでないことを祈ります。妬み、やっかみ、ひがみ、
脚の引っ張り、何でも有りの世界を考えると悪いことを想像
してしまいます。大きな事故だけは勘弁願いたい。
日本における外国製製品の事故に対する対応の悪さ(S社エレベーター等)
などを見ても、いかに海外市場における販売、管理の難しさがあるのか
身につまされます。新幹線は日本のシンボルゆえ、肩の荷の重さは
相当ですね。導入された以上、信頼と満足を得るまで枕を高くして
寝れませんな!   今更泣き言は言えず頑張るしかないでしょう。
現場において、全てが日本の責任下にないにしても何かあれば全て日本の
せいにされるのは目に見えてます。日本のプライドある管理責任者の
歯軋りが聞こえてくるようです。



トピ主様   &   皆皆様

挨拶が遅れました。新年おめでとうございます。
たまーーーに投稿させて頂きますのでよろしく
お願いします。

那智高雄さま、台湾新幹線ピンチ!

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/01/12 11:25 投稿番号: [8368 / 10346]
那智高雄さま

>新幹線が開通するとその被害をこうむる業務も多いと思います。
その救出ネットも必要ですが、台湾は案外観光が延びる可能性
充分ですね。

台湾新幹線は正式に影響を開始したのですが、昨夜、車両から煙が出るという事件が!
大事には至らなかったのですが、ひやっとした乗客も多かったようです。
ニュースソースを下に貼っておきますね。
http://tw.news.yahoo.com/article/url/d/a/070111/2/997e.html

空調調整盤がショートして煙が出たようで、15分ほど停車したそうです。このほかにも一昨日は台南駅でドアが開かなくなり、乗客が乗車できない状態でそのまま発進、途中で気づいてあわてて台南駅に引き返すというトラブルも発生、現場は混乱しているようです。

ヨーロッパのシステムやら日本のシステムが混在するという多国籍新幹線というのは台湾初というか世界初の試みで、日本の新幹線とは異なる部分で調整が必要なのかもしれません。まだ南部出張がないため、乗車していないのですが、早く乗車してみて、日本の新幹線との違いなどを体験してみたいです。

Re: nipponiaさん、安藤百福さんはやはり台

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/11 23:26 投稿番号: [8367 / 10346]
相撲取で「千代大海」という大関がいます。先日の台湾訪問相撲では

彼は人気絶頂でありました。福岡出身ですが、両親のどちらかが、台湾人

でありますので。

戦後内地人で引揚げなかったのは山奥の原住民地域に住んでいた官憲、教師

などの家族が多いです。内地人が台湾から引き揚げないのは禁止したのが

国民党で官営農業村の多くの農家が定住を申請したが邪魔になるので徹底的に蒋介石は許可をだしませんでした。奥地の家族に日本の引揚げ船の出港
郵便が届くには3−4週間かかりました。ついた時にはもう、船が出港
していたのです。高等教育が差別があった(やむを得ない状況で)ので本島
人の優等生は内地にりゅうがくして差別を避けました。伊藤潔教授(故人)
などもそうです。母が本島人で父が日本人で日本留学して大学教授となった日本人であるが帰国ができなかった。残った日本人は隠れて住み、国籍は無しが多いが、後で中華の国籍を取った人もある。今はニ世か三世ですから当然中華国籍です。案外この二世達は山奥に駐屯した外省人の軍人との結婚が多いです。蒋介石の国策で独身の大陸男性の為に生活規準も低い、教育も低い、純情な山地の娘を的にしたのです。王監督や鳳蘭さんとか国籍はまちまちですね。日本人の奥さんを連れて満州から台湾に着いた家族も多いです。
私も台湾の日系二世の男性と良くSkypeではなします。日本へたまにお墓参りにいく
そうです。

miinyoさん、お久しぶり^^

投稿者: chen3050jp 投稿日時: 2007/01/11 16:27 投稿番号: [8366 / 10346]
こんにちは。
日本の新年はもう終っちゃいましたね。どこに行ったことがあるの?
今年の台湾の新年は2月ですね。去年よりちょっと遅いだけど。
仕事は相変わらず忙しいみたいね。
15日から19日まで内の学校の期末テストだ。終ってから冬休みに始まりますよ。めちゃくちゃ楽しみです^^
あと新年にお年玉ももらえるから、期待しています。^^

今年もよろしくね♪     じゃまたねvvv

ヒデさん、安藤百福さんの本♪

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/01/11 11:42 投稿番号: [8365 / 10346]
ヒデさん、こんにちは〜♪
台北も寒気団が南下してけっこう寒いですよぉ。
暖房がないので、東京よりも寒く感じます。
台湾の人たちは雪だるまみたいにたくさん着て、着ぶくれ状態で寒さをしのぐのですが、私はたくさん着込むのがきらいなので、けっこうつらいです(泣)

>もちろん日清食品の創業者でラーメン博士ですが、
実は角川文庫に「豚に食わせろ」作〜豊田行ニの
文庫本が出ています。

おお、文庫本も出ているのですか!
今度日本に帰ったらさがしてみますね♪
ご紹介ありがとうございます〜

世界ラーメン協会の会長としても活躍されていたそうで、お元気そうだったのに、お亡くなりになるとはびっくりしました。

nipponiaさん、安藤百福さんはやはり台湾人

投稿者: cafebangchhunhong 投稿日時: 2007/01/11 11:36 投稿番号: [8364 / 10346]
どうも、お久しぶりです。
本年もよろしくお願いいたします〜♪

さて、安藤百福さんの経歴についてですが、

>「戦後、台湾出身者は日本か中華民国か、どちらかの国籍を選択しなければならなかった。 後に日本国籍を取得するものの、その時の安藤氏は中華民国を選んだ。(財産税の関係で)」

このような可能性もあったかもしれないのですが、台湾の報道関係者が詳細に調べていて、嘉義で生まれた生粋の台湾人であることは確かなようです。記事の一つをご紹介しますね。

http://www.libertytimes.com.tw/2007/new/jan/7/today-fo7.htm

第二次世界大戦前に日本へ渡り、立命館大学を卒業したようです。日本では当時の時代的な状況から見て、日本人として暮らしていたようですから、周囲は日本人として接していたはずです。
実は私の知人にも、安藤さんのような経歴の方が多く、戦前から戦中、戦後にかけて生粋の台湾人でありながら、日本に移住した台湾の方は想像以上に多いと思います。

彼らのほとんどが帰化しているため、姓名も日本人のようですし、雰囲気も完全に日本人です。事情があって中華民国国籍のままになっている人もいますが。
ある年配の方は日本に長くすんでいるため、中国語が当然ですがまったく話せませんし、台湾語も忘れかけているのです。

また、nipponiaさんのご指摘のように、戦前から戦中にかけて台湾に住んでいて、終戦の時点で日本へ帰国しなかった日本人もいるはずです。こういった人々が今どうしているのか、そちらのほうも気になります。いずれにせよ、これらの日本人が蒋介石政権下において中華民国の国籍を取得できたのかどうか、これはちょっとなんともいえませんが。

Re: 那智高雄さま、台湾から日本へ続々旅行

投稿者: houzantakao1946 投稿日時: 2007/01/09 23:57 投稿番号: [8363 / 10346]
Cafe様:
結構な話題ですね。どんどん台湾観光団が北海道に向けて出発してくれますね。今年も100万人を遥かに越える観光者数でしょう。
新幹線が開通するとその被害をこうむる業務も多いと思います。
その救出ネットも必要ですが、台湾は案外観光が延びる可能性
充分ですね。もっと団塊世代の引退の長期ステイの施設が日本語で
日本ですぐ手に出来る宣伝が必要ですね。マレーやタイ、比などは
相当な引退者が現地で生活しているそうです。日本語も何とか通じる
世代も残る台湾での引退者ホーム施設での宣伝を期待したいです。

あぶさん、安藤百福は?

投稿者: hide1060_99 投稿日時: 2007/01/09 11:07 投稿番号: [8362 / 10346]
もちろん日清食品の創業者でラーメン博士ですが、
実は角川文庫に「豚に食わせろ」作〜豊田行ニの
文庫本が出ています。
まあ、単なる安藤百福さんの出世物語ですが、娯楽
として読めば、結構楽しめますよ。^o^

Re: 安藤百福さん、ご冥福を・・・

投稿者: nipponia_nippon3 投稿日時: 2007/01/08 23:45 投稿番号: [8361 / 10346]
こんばんは   ながいことご無沙汰しております。

台湾の新聞の一面に大きくで   嘉義人とありましたので興味をもちました。

NHKの朝の連続ドラマ「てるてる家族」のラーメン博士は安藤百福さんがモデルとのことです。


それはそうとしてこの安藤百福さんのことははっきりしなくて

ウィキペディアには昨日までは

「この時国籍を中華民国としているが、これは在日華人であった方が何かと都合が良かったためであり、元々は台湾生まれであっただけで生粋の日本人である」

とありましたが

今日は「この時の国籍は中華民国であるが、後に帰化する。」

と訂正されておりました。

流布している元々日本人というのは   2ちゃんねるに

「戦後、台湾出身者は日本か中華民国か、どちらかの国籍を選択しなければならなかった。 後に日本国籍を取得するものの、その時の安藤氏は中華民国を選んだ。(財産税の関係で)」

なんてことが書かれておりましたが

台湾生まれであっても生粋の日本人がそんなことが出来たか全く疑問ですが   可能性として   台湾に継続して住みながら中華民国に帰化することは   蒋介石政権は許さなかったが   日本に住んでいた台湾本籍の人間が   台湾人か日本人かは   中華民国の把握できる範囲ではないので   もしかすると可能であったのかもしれません   また   父方、母方の一方が日本人(台湾人)の場合   戦後   中華民国国籍を取得したひとはいるようですので   日本在住なら意外と簡単に選択の自由があったとか   安藤百福さんもそのような履歴のひとだったのかなんて考えて見ましたが

どうなんでしょうかね?
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