北京語で繊細な文章
投稿者: unhoo 投稿日時: 2007/05/16 02:38 投稿番号: [8578 / 10346]
houzantakao様
>川端康成の「雪国」みたいな繊細な文章内容は北京語などでも、充分こなせる言語能力があるのでしょうか?<
それは可能だと思います。北京語という「車夫馬丁之言語」が文字で書かれるようになってからほぼ百年たっています。その間に大勢の文人、学者、学生、少年少女、商人、政客がこの言語を使いまわしまして、可能の範囲を広げましたから。
ちょうど昨日(五月14日)の『自由時報』に、女性読者から募集した初体験談の採用作3篇が出ていました。文章の長さは500字以内という制限つきです。そのなかの一つ、恋人の出来ない女性が、性への好奇心が抑えきれず、意を決して、男性を誘導して目的を達成した話、そのいきさつもおもしろいし、結論もおもしろい。「その男性に対して何の感情ももっていないし、自分が男性の物になったのでもない。私は処女を自分自身に捧げたのだ」との言い分です。この文章なども、短い文章にしてはなかなか微妙に真理の動きが書かれていると思います。
川端康成の『雪国』を、わしは不幸にして中学一年のときに読んでしまいました。その当時の友人に高等学校の生徒がいました。いろいろなことを教えて指導してくれたいい先輩でした。その人が、『雪国』の評判を聞いて、わざわざ買ってきたので、彼が読み終わったあと、わしが借りて読みました。しかし中学1年ではストーリーが理解できないし、微妙な表現が味わえるわけもありません。ただあのときに読んでしまったから、その後もう一度読もうという気をおこしたことがありません。あのときの先輩の高等学校生徒にも『雪国』のどこがよいのか、わからなかったらしいのです。
これは メッセージ 8575 (houzantakao1946 さん)への返信です.
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