Re:横からOne opinion
投稿者: nachitakao 投稿日時: 2005/12/21 01:15 投稿番号: [7577 / 10346]
taiwanboom様;
平和な時代(戦争勃発まで)は確かに「支那人」とか「チャンコロ」という類の内地人もいましたが、昭和17年以降どうも同仁一視政策が戦争の熾烈化に従い、自然に出てきまして、同じ釜の飯をくう仲間という思考が沸騰してきました。学徒勤労で高雄第一中学51期生は兵舎(7部隊)で入学式を挙げて、軍事訓練が少し、物資移動(山岳戦に備えて)が毎日でした。上級生の班長が命令したのは一切蔑視言葉は禁止でした。ところが日常言葉で口癖になっている仲間(内地人)がまだ蔑視言葉をやめないという事件で班長は「やれ・」という暗示をだしました。
数人でこの内地人学生を袋たたきにしました。その後病棟につれていきました。本島人の学生は不思議に参加しませんでしたが、内地人学生には仲間以上の連帯感がありました。戦争がこの同人一視をもたらしのかしりませんが、それ以来部隊内では聞かない呼称でありました。
搾取政策の殖民政策から始まった台湾総督府でしたが、スペイン、英国式から脱出して、ドイツ式の直接統治に変化してゆき、最後は(3−4年間)一視同仁気質で差別なんてかまっていられぬ悲惨な状況となりました。できたら平和な時期に同仁一視の世界であったほしかったですが、時期は悪く味方してくれませんでした。
これは メッセージ 7575 (taiwanboom さん)への返信です.
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