紫陽花亭日乗

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

入聲

投稿者: unhoo 投稿日時: 2011/10/12 03:53 投稿番号: [647 / 735]
中国各地方言語はおそらくはみな入声ががある。ペキン語だけは入聲がな
い。国語とされているペキン語にだけ入聲がないのは、ペキン語が中国にオ
リジンを持つ言語でなく、満州民族の言語だった証拠になりそうで、現代の
中国人の愛国者は「ペキン語は明代に徐々に形成された」と主張するが無理だ。

台湾語は口語音、文語音ともに入聲がある。台湾語の口語音は支那と呼ばれ
る地域の南部の土語がオリジンである。支那南部では学問は生まれなかった。

学問は黄河流域で、殷、周、漢、唐の異なる民族によって創造され、伝承さ
れ、進歩したが、唐の滅亡によって学問の進歩が終わった。支那の学問に科
学がなかったのは、唐滅亡で学問の進歩が終わったからである。

漢人は地球を知らず、地球が太陽を公転するという知識もなかったにもかか
わらず、正確な暦を作りあげた。驚嘆すべき成功だが、暦学を理論的に叙述
することができなかったので、暦学は難解となり、時代がたつとわかる人が
なくなり、明代にイエスズ会士が地球儀を持ってきて、地動説を教えてか
ら、やっと暦の作り方が支那で蘇生した。

日本は支那の学問を輸入したけれども、暦の作りかたがわかった者は一人も
なく、宮廷の暦博士の別名は陰陽師であった。(続く)

附註;   支那古来の言語と申したのは、黄河流域で伝承された言語のことを
言ったのである。唐が滅亡して、北方民族の遼、金、元が黄河流域を統治下
においたが、この地域の言語は発音、文法ともに大綱を維持したと思う。民
代にイエスズ会士が国へ送った報告書では、北京、南京はPeking、Nankingで
あって、京の字は明代でもまだカ行で読まれいたことがわかる、この事実だ
けでわしは明代の言語はまだ中国の伝統言語だったと断定した。これ以外に
判断の手がかりがばいので。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)