ビックリ台湾!?

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中国製ジーンズ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/06/10 19:28 投稿番号: [2188 / 3149]
「これが美国向けのジーンズで最高級、次に中国国内向け、一番安いのが日本向けで僅か40元です」中国のアパレルメーカーの社長さんの弁だ。
昨年だったか、千円を切るジーンズが日本市場に出回ったのはちょっとしたニュースになった。もちろん、若者が使い捨て感覚で買うだけで、まさか日本人が中国製の安物ズボンに目の色を変えるほど窮迫しているわけではない。
たしかに日本の「停滞」は久しく、その間の中国の発展はすばらしい。しかし、品質第一の日本企業のブランド力は些かの後退もなく、ちょっと値段の張る品物はまだまだ日本製がいいようだ。

空港

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/06/08 15:03 投稿番号: [2187 / 3149]
【 桃園空港に第3ターミナルと4000メートル級滑走路建設へ 】

  記事は省略するが、大理石を張り詰めた、それこそ息を呑むほど立派なターミナルになるのは間違いないだろう。実際、急増する中国からのビジネス、観光客を見込んでの大拡張だろうから、ハッタリと言っちゃ言葉は悪いが、「こうやって立派に国を統治、運営しているんだぞ。こっちだって外貨なんか使い切れないほど持ってるんだぞ」という無言のメッセージにはなる。
まぁ、わが成田だって貧弱というわけではないが、これ以上の拡張も新ターミナルも夢のまた夢。

Re: 台湾は今李の出盛り

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/06/08 12:41 投稿番号: [2186 / 3149]
  スーパーで西瓜を見た張さんの弟がびっくりしていた。なにしろ値段が高い。半分に切った西瓜が千円に近かったのだろう。わたしが子供のころ、夏になると八百屋には西瓜が山のように積み上げられていて、切った西瓜なんか売っていなかった。
わが町の掘割川には一メートル近くあるような鯉が群れをなして泳いでいる。これも見慣れた風景なのだが、弟君にはこれも驚きだったようだ。

Re: 台湾は今李の出盛り

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/06/06 20:23 投稿番号: [2185 / 3149]
>6月ならマンゴーはありますが、台湾李はもうないはずです。

今日は6月6日で、海軍記念日(5月27日)を過ぎて十日だが、意外にも台湾李がまだ売られている。過去の記憶では海軍記念日がすぎると台湾李はたちまちなくなってしまったが、今年はまだ売っている。台湾李は酸味が強烈で、初めて食う人には不味いだろうが、台湾人はなぜか好きである。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: magokoronotomodati 投稿日時: 2010/06/05 22:56 投稿番号: [2184 / 3149]
あげときます。

Re: 日米戦争時期の上海

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/31 21:08 投稿番号: [2183 / 3149]
ご丁寧な説明ありがとうございました。

↓ 日米戦争時期の上海, 文字の補充

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/30 19:52 投稿番号: [2182 / 3149]
原文:日米戦争で日本軍の景気が最もよかった4月下旬であった。
訂正:日米戦争で日本軍の景気が最もよかった昭和17年4月下旬であった。

日米戦争時期の上海

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/30 19:43 投稿番号: [2181 / 3149]
わしが台北から上海に移住したのは日米戦争で日本軍の景気が最もよかった4月下旬であった。軍票が上海で最も信用された流通紙幣であったが、昭和18年の中ごろ日本政府の政策で、南京の汪精衛政権の中国儲備銀行の発行するする紙幣(儲備券)を中、南支における唯一の紙幣にするこになり、銀行へ軍票を持って行けば儲備券に交換してもらえた。交換レートは1:1だったように記憶する。何月何日以後は軍票は流通しないという布告が出て、軍票は姿を消した。

上海における日本軍の軍規は満点であった。兵隊が日曜日に外出して散歩できる地区は蘇州河以北の虹口(ホンキュー)地区に限られた。その地区は共同租界の一部だが、1932年の第一次上海事変後、共同租界警察の中の日本人警察隊に管理を一任されたとの話だったが、当時のわしはそんな政治的な話に興味がなかったから、正確なことは知らない。ホンキュー地区以外で見かける日本兵はみな「公用」の腕章を巻いていた。

魔都上海という感じはなかった。蘇州河以南の共同租界の中に四馬路という通りに高級レストランが軒を連ねていたから、その中にピンクサロンのごときものがあったのかも知れない。高級レストランと申したが、外観は支那式にごてごてしていた。わしの印象では治安の好い都市だった。

Re: かたかな

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/29 11:30 投稿番号: [2180 / 3149]
「かたかな」についてはそんな決まりもなく、べつに間違っているとは思いません。「ヲ」はこれまで私ももそのような筆順でした。わたしも中年になってから「習字」は少しばかりやりましたが「えっ、こっちから書くの?」と驚くようなことがたびたびありました。「飛」の筆順などは覚えるだけでも一苦労です。

  太平洋戦争のとき、先生は上海でお仕事をされていたとのことですが、当時の上海の雰囲気、庶民の日常生活はいかがなものでしたか。昔から「魔都」「冒険家のパラダイス」と言われた上海で、しかも、日本軍の軍政下にあるとなれば、表面的には平穏ではあっても状況は複雑だったろうと思うのですが、例えば、通貨などはどのようなものだったでしょうか。また、日本軍の「軍票」などは使われたのですか。日本軍将兵の規律については戦争の全期間を通じてどうだったでしょうか。


かたかな

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/29 04:59 投稿番号: [2179 / 3149]
戦前の小学一年ではかたかなしか教えなかった。ひらがなは2年になってから教えた。

↑上記のように書いたら「書き方が間違っている。下記のように書け」と言われた。

戦前の小学一年ではカタカナしか教えなかった。ひらがなは2年になってから教えた。

つまり「かたかな」と書いてはいけない、「カタカナ」でなければいけないのだそうだ。ほんとかな。その主張でいくと、

戦前ノ小学校デハヒラガナハ2年生にナッテカラ教エマシタ。

も間違いで、

戦前ノ小学校デハひらがなハ2年生ニにナッテカラ教エマシタ。

でなければならんということになるが、どうだろう。

ところでわしは日米戦争の期間中上海に住み、わしより一つ年上の上海人の青年と親しくなった。彼は独学で日本語を勉強していたが、独学ではかたかなを書くときの筆順にちょっと間違いが起こるものである。彼はヲの字を書くとき、先ずフと書いてから横棒を一本足した。ツは、真ん中の点、左の点、右側のノという順序で書いた。

Re: カタカナ

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/27 14:04 投稿番号: [2177 / 3149]
>ところで、日本の文字である仮名の美しさ、優しさ、そして簡潔さは独特のものである。
____________________

賛成です。それに比べると朝鮮の文字は格好がわるいなあ。国民党時代に作られた注音符号も醜い。

Re: iPad

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/27 13:31 投稿番号: [2176 / 3149]
>昔、台湾の「海関」はずいぶん厳しくて、カメラや電気製品などは目の仇にように税金がかかったが、
____________________

蒋政権時代、トランクの蓋を開けさせて手を底まで突っ込んでぐるぐると何回もかきまわした。蒋政権の官吏はそんなものだった。

その時代台湾の女性は非常に日本のドレスを欲しがっていたから、これも税関のいい餌になった。蒋政権の官吏は女性旅客に「お前の着ているドレスは日本で買ったのだから税金を払わなければならん」と宣告した。

iPad

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/27 13:05 投稿番号: [2175 / 3149]
  外国語を会話レベルまで習得するのはそんなに難しいとも思えない。とは言っても、一時的な興味や好奇心から始めてもまず長続きしないだろう。昔、フィリピンからの出稼ぎ集団がわが家に出入りしていたことは前にも書いたが、彼ら(彼女ら)のなかで二人ばかり、抜群の会話力を持つ者がいた。同じころに来た一方の連中はまるで話せないのに、その二人は相手によっては敬語さえ使う。彼らが日本語学校に通うはずもなく、辞書すら持っていない。「おまえ、どうしてそんなに喋れるようになったの?」と聞いたら「テレビで覚えた」という。日本のテレビは台湾と違ってほとんど字幕はでないし、出たとしても彼らに漢字や仮名は読めない。そうすると、生活上の会話までなら辞書なんかなくてもいいことになる。何年いてもまったく話せなかった他の人たちは「働いて送金する」だけで最初から覚える気もなかったのだろう。
「日本語を覚えたい」という張さんの弟君にはメールで、このフィリピン人の例を引いて「テレビが効果的だ」と教えてやったが、そんなことは自分に中国語・台湾語ができてこそ言うべきだったかも知れない。

明日、ビックカメラで予約した「iPad」を買いにいくが、これを品名「display・二手貨」と書いて弟君に送ることになっている。いったん、私のモノになってるから「二手貨」は嘘ではないし、「display」も正しい。小手先の小細工だが、ひょっとすると非課税で通るかも知れない。昔、台湾の「海関」はずいぶん厳しくて、カメラや電気製品などは目の仇にように税金がかかったが、厖大な外貨を保有する現在、数万円のものならなんでもないようだ。それより、台湾で本当に使えるのかそれが心配だが、そもそも、iPadとは何なのだろう。

カタカナ

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/26 10:59 投稿番号: [2174 / 3149]
  張さんの弟が本格的に「日本語をやる」と言って本を買いそろえている。彼ももう立派な中年になってはいるが、どうやら台湾「ハーリー族」の仲間入りをしたようだ。「日本語より英語を勉強したほうがいいんじゃないか」とメールをしてやったが、まァ、辛抱強く真剣にやればどこの国の言葉だって話せるようになるだろう。ヘリョンという韓国の女性お笑いタレントは日本でデビューしたいがために自国で猛勉強、半年で日本語が話せるようになったという。
わたしはアメリカに本部がある宗教団体の方々と交際があるが、かれらの信仰と宣教のための外国語習得熱はすさまじい。日本人信徒がもっとも力を入れているのが中国語で、これを会話程度なら軽々とマスターしてしまうから信仰のもつ力には驚きと敬服のほかはない。

日本の漢字は「音読み」と「訓読み」の二通りがあり、しかも、訓読みには送り仮名をつけ、それが活用変化するという恐ろしく難解なことになっている。早い話、音読みは中国語で、訓読みが本来の日本語なのだ。信長の時代、イエズス会宣教師ルイス・フロイスはこれを「悪魔の言葉」だとローマ法王庁に書き送っている。

ところで、日本の文字である仮名の美しさ、優しさ、そして簡潔さは独特のものである。「ノ」という片仮名の簡明さはどうだろう。世界のどこを探したってこれほど簡単な文字はあるまい。だからといってバカにしてもらってはこまる。右上から斜めに線を引いても「ノ」にはならないのである。「ソ」「リ」「ン」はよく似ていて外国人には苦手だろう。鉛筆やボールペンだから紛らわしくなるのだが、本来の毛筆で書けば違いがはっきりする。

正月に来た張さんの姪が「ヘヤカラー(髪染め)」の銘柄やカラーをメモに書いて買い物を託してきた。一生懸命に書いたカタカナが可愛らしく、微笑ましかったが、それでもやはり、「ソ・リ・ン」の区別はできていなかった。

Re: 望遠鏡

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/25 21:24 投稿番号: [2173 / 3149]
  比国大統領の選挙は「汚職撲滅」をかかげたアキノ氏の圧勝が確実視されている。ところで、この、「大統領」を台湾では「総統」という。言葉の違いなどはどうでもいいが、日本人にはなんとなくいかめしい表現だ。これに「独裁者」のイメージがあるのは、たぶん、「ヒトラー総統」からだろう。
比国には何度も行ったが、この国の汚職はもう言葉にならぬほど凄まじい。以前、つきあいのあった同国人に「これが、君たちの国の発展を妨げているのだ」と余計なお説教をしたことがあるが、こればかりは比国が辿ってきた様々な内部、外部要因があって存外に難しい課題だろう。というのも、日本に汚職が少ない理由を考えたらそう自慢もできないからである。つまり、日本の役人は民間に比べると給与や各種手当て、勤務時間、休暇などの待遇が格段によく、手厚い年金やらなにやら、「汚職などをして捕まったら割りに合わない」というのが正直なところだろう。かなり昔の話だが、わたしの知人が50ccのバイクで一方通行を逆に走って警官に呼び止められた。その人、世間知らずと言おうかなんと言おうか、一万円札を出して見逃してもらおうとしたら忽ち逮捕されてしまった。台湾も昔は知らず、いまではそんなことはあるまいと思うがどうだろうか。他のアジア諸国は聞かずとも判っているが、自他共に認める強大な「社会主義」中国の役人はどうなのか、そして韓国ではどうだろうか。まぁ、これも聞くだけ野暮か。

EUが大変なことになっているが、朝鮮・韓国の38度線も油断できない。北朝鮮は「戦闘準備体制」に入り、規模はともかく、明日にでも軍事衝突が発生する可能性もある。この世界は「まさか」と思うようなことが、あっけらかんとして起こるものだ。日本は例によって相手にもされぬ蚊帳の外だから緊張感もなにもない。ネットの低脳お兄さん連が「好きなだけやってくれ。こっちは高みの見物」などと薄笑いを浮かべているかもしれないが、いざ戦争となれば今度ばかりは日本も無事ではすまない。ある雑誌記事にあったが、北朝鮮には韓国と日本を目標とする落下装置のついた「風船爆弾」が無数に用意されていて、もちろんこれは戦慄するほどの生物、化学兵器なのである。金正日が「座して死を待つより民族の尊厳と社会主義祖国を守るため戦え」などとして国境に配備した数千の長距離砲、ロケット砲が火を噴く危険が絶対にないとはいえない。朝鮮で軍事衝突があれば世界の株式市場はパニックとなり、上海、東京、台北の市場は閉鎖され。ソウルの市場は瓦礫になっているだろう。もちろん、米軍の爆撃でピョンヤンも壊滅だ。
そうした事態を避けるため、中国には懸命に北朝鮮を説得してもらわなければ困るのだが、あまり切迫感がかんじられない。日本政府は米韓の影にかくれてこれを働きかける意思も能力もない。それどころか、あの眇目の能無し首相は北朝鮮非難の「先頭に立つ」だのなんだのと言ったそうだから呆れたものだ。

EU発の金融危機で株の下落がとまらない。ユーロの予想外の下落でせっかく立ち直ってきた日本の輸出関連企業がまた失速しそうだ。私事で恐縮だが、「黄金週間」の後だけでも各持ち株の評価損はずいぶん大きく、現物の保有だからノホホンとはしているが、これで現金が目の前を通り過ぎるとしたら(実際は同じことなのだが)たまったものではないだろう。もっとも、一昨年のつるべ落としのようなリーマンショックにも耐えたのだから、あれにくらべたら、いまのところは…。

Re: 望遠鏡

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/22 02:03 投稿番号: [2172 / 3149]
ニコンという会社はもとは日本光学(株式会社?)と言って、海軍が育てた会社です。戦後はカメラ会社に転向していたが、朝鮮戦争でアメリカの従軍カメラマンからニコンレンズがドイツのレンズよりも優秀と認められたことが会社が発展した理由だったようです。

戦前のカメラや双眼鏡は、ボディが真鍮だったから、ずっしりと重かったが、戦後はアルミ合金で軽量化を図り、その次の時期にはプラスチックが進歩したので、プラスチックを利用して、更に軽量化するのが現在の趨勢です。

わしが25年前に戦後第一回目の日本旅行で買ったニコン双眼鏡7倍35mm(対物レンズの口径が3.5cm)は、戦前のドイツ製の6倍24mmにくらべてはるかに軽く、性能ははるかに上です。4年前に日本へ行ったとき、秋葉原のヨドバシカメラで見た大小各種の双眼鏡を手に取って見ましたが、7倍35mmの双眼鏡で、ニコンでなく、聞きなれないニ流会社(?)の製品が、わしの25年前のニコン製品よりも視野が広く画像の鮮鋭度も一流でした。重量も軽かったですよ。

Re: 望遠鏡

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/22 00:40 投稿番号: [2171 / 3149]
「8倍〜30倍の掌サイズの小型ズーム双眼鏡」はたしかに日本の二流メーカーの製品でしたが、製造国はおそらく中国で、「倍率の高いほど高級品」だと思い込んでいる人を相手にした商品に違いありません。30倍の双眼鏡ともなれば口径はすくなくとも8センチ。さらに台座付きでなければ実用にもなんにもなりません。ニコンはカメラ同様、双眼鏡でも世界的なメーカーですから、さすがにプライドがあって、そんな子供だましの玩具みたいなものは作っていないはずです。ちなみに、海上自衛隊の潜水艦の潜望鏡にはNIKONのロゴマークが付いています。
一年ほど前、ネットオークションで、どこをどう流れてきたのか、赤い星のついた新品の双眼鏡を見つけ、そのデザインから「これはロシアの軍用機材」に違いないと勝手に判断して落札したことがあります。ロシア製はライカなどの正確なコピーで、レンズも仕上げ研磨は「徳国基準」だとモノの本で読んだ記憶があります。だが、手にした瞬間、騙されたのに気づきました。中国製のオールプラスチックでただの大きなおもちゃでした。とうてい人に見せられる代物ではありません。あれ以来、ネットオークションから遠ざかっています。

「物価が高い」

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/20 12:14 投稿番号: [2170 / 3149]
<普天間移設>徳之島受け入れ7条件「すべてのむ」官房長官

  政権は代わったが卑屈な対米従属は相変わらずだ。他に現実的な選択肢がないといえばそれまでだが、アメリカから脅されれれば震え上がり、古い話だが、湾岸戦争のときは当時のカネで一兆二千億円もの「戦費」をタダで巻き上げられても政府も国民まるで他人事だった。
台湾は国連からも締め出され、常に大中国から圧迫されて他の重要な国際機構にも参加を許されないが、人口比から見ても断トツの外貨を保有し、自前の政府と軍隊で独立を維持しているのは世界中の誰でも知るところだ。それを言えば、中国もエライ。まぁ、中国の話はいいか。

張さんたちの滞在中、私の古い友人が偶然訪ねてきた。弟君に「どうですか、日本の感想は」とは月並みで返答のし難い質問だ。「好」と笑顔で応えたのは社交辞令ではないにしても、加えて、「物価が高い」と言ったのは正直だった。台湾の物価もけっして安くはないのだが、日本の場合、食費、住居費、交通費などの、人の基本的な生活費の高さはまさに「暴力的」。

Re: 望遠鏡

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/20 03:13 投稿番号: [2169 / 3149]
>8倍〜30倍の掌サイズの小型ズーム双眼鏡

掌サイズで8倍〜30倍のズームですか。今までに見たことも想像したこともない。ずっと前わしの知り合いの青年が買った8倍〜30倍はたいへん大きくて重いので携帯不便で、結局はほったらかして、どこに置いたか不明になったようです。掌サイズなら使えるかも知れません。

画素

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/19 16:20 投稿番号: [2168 / 3149]
  いま、デジタルカメラは1000万画素が当たり前になったが、望遠鏡の「倍率」と同じく、この「画素」というのも曲者である。なるほど、「つぶつぶ」が細かいほど精密で、「ザラザラ」していないと言われれば大抵の人は頷くだろう。テレビ・ショッピングなどは誰もが簡単に納得する「画素数」をことさらに強調する。だが、聞くところでは、それを処理する「画像エンジン」のほうが重要で、画素数などは実は500万あたりが「適正」なのだという。
このように考えてみると、数字のマジックに惑わされ、騙されて、なんの疑問も持たずに「納得」している事柄が案外多いのではないかと思う。
例えば、中国は領土も広く、さらに13億、14億もの人口があって、昔から「大国」を自称するが、それが何らかの人民の生活や幸福を保障するのかと言えばほとんど意味のない数字だと言わざるを得ない。話がとりとめもなく拡大しそうだからここでやめる。

望遠鏡

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/19 14:59 投稿番号: [2167 / 3149]
  ビックカメラの店内で「こんなものは買わないほうがいい」と何度も弟君に説得はしたがだめだった。そばにいた張さんも「本人が欲しいと言っているのだから…」と横槍を入れた。8倍〜30倍の掌サイズの小型ズーム双眼鏡である。売り場には親切にも「望遠鏡の選び方」の説明パネルがあって「むやみに高倍率のものは勧められない」とハッキリ書いてある。ズームというのも良くない。「さすがに日本のメーカー、こんなに小さくてもズームで30倍」だと思っていたら誤解、無知も甚だしい。望遠鏡で大切なのは「口径」で、「倍率」などはアイピースを替えるだけでいくらでも大きくできるのだが、知らないとはいえ残念なことだった。
改めて「人の言うことを聞く」とはかくも難しいものかと逆に知らされた一件であった。

煎餅と納豆

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/19 12:02 投稿番号: [2166 / 3149]
  きのう張さん達が帰ったが、土産として大量に買って帰ったのがこれである。どちらも安い物で納豆は三パック90円、親族に何人か大変な納豆ファンいるらしい。これを醤油も辛子もなしにそのまま食べると言うから一種の和菓子という感覚なのだろう。製造日付の新しい納豆の旨さに「味をしめた」の知れない。
煎餅もたしかに日本の味で、台湾にはない。ただ、あんなものでも進歩はあるらしく、昔の、歯が欠けるのではないかと思うほど硬い煎餅はもう見られない。だからと言って台湾で納豆だの煎餅だの「日本の味」を売れば儲かるかといえばそうもいくまい。その類なら台湾の日系のデパートには必ず置いてあるが、さして売れている様子はない。
次男には三月に発売されたコンパクトタイプとしてはソニーの最上機種となるデジカメをプレゼント。「価格コム」で調べると堂々の一番人気で、ビックカメラの店員の言う「やっと品薄状態が終わりました」はウソではあるまい。「顔認識自動焦点」は前からあるが、その原理がよくわからない。電脳が肌色のトーンを察知するのだろうか。人の肌の色は世界共通ではないし、複数の人物で距離が少し離れていたらどうなるのだろう。
後で調べたら、このカメラ、なんとGPS・(Global Positioning Systemt)機能まで付いていて、緯度・経度が画面の片隅に写り込み、付属のソフトで地図にまでなるというから「恐ろしい」。「裏面照射」というのも初めて知ったが、この新技術で夜間の撮影も楽にできるようになった(らしい)。

弟君、二度目とは言え、やはり「外国見物」は楽しいらしく、去年買った自転車を貸してあげたら二日にわたり朝から晩まで横浜の市内見物。地図と磁石を渡してやったのはわたしが古い人間の証拠である。かれが台湾から持参した持帯電話にGPSが付いていた。
今朝、お礼のEメールが届いていた。

Re: 台湾は今李の出盛り

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/19 00:01 投稿番号: [2165 / 3149]
akioreiさん、はじめまして。

6月ならマンゴーはありますが、台湾李はもうないはずです。アメリカ産の李が出回っている頃ですが、それは世界中輸出されていると思います。台湾李は、その強烈な酸味のために、初めて食った人は辟易してしまいます。

観光へのアドバイスについては、わしは歳のせいであまり外出しなくなりましたから、役に立つような話をしてあげることは不可能です。悪しからず。

Re: 台湾は今李の出盛り

投稿者: akiorei 投稿日時: 2010/05/17 10:15 投稿番号: [2164 / 3149]
unhooさん、始めまして、6月にバリの帰りに台北に4泊します、去年食べたマンゴーが美味しかったので忘れられません、スモモと一緒に買って帰りたいです。帰路、成田で申請知ればOKかしら?また、親友(家内)を飽きさせない観光は如何にしたらいいかしら?宜しくご指導ください。

台湾は今李の出盛り

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/17 08:46 投稿番号: [2163 / 3149]
戦前台湾は5月の後半に入ると李(すもも)を盛産した。そして海軍記念日の5月27日を越すとぱたりと市面から消えてしまった。今では産量も少なく、品質も劣るが、5月27日を境に消えてしまうことは変わりがない。

台湾の李の実は、品種によって直径2.5cmから3.5cmぐらい、外皮の色は暗赤色から緑赤色。果肉は黄色が普通だが赤肉の品種もある。味は強烈な酸味のなかに甘味と台湾李にしかない香りがあって、戦前の良種は魅力があった。現在の品種は品質が下がって、往年の酸味、甘味、香りのうちの酸味だけが残ったようなものになり、生食は不可能である。わしの家人が町から小袋に20粒ほど買ってきたものは、どうやらサッカリン液に一晩つけたもので、売るときに粒の粗い砂糖(ざらめ)をまぶして袋に入れてくれる。そんな物でも昔の魅力のある李をしのんで、家族皆が3、4粒ずつ食った。海軍記念日までにもっとよいものが出てくることを期待する。

台湾李の強烈な酸味に打ち勝つためには砂糖では不足で、サッカリンが必要である。しかしサッカリン液に一晩漬けたぐらいでは滲みここまない。李の外皮にサッカリン液がついているだけである。サッカリンはは人体に無益、無害であり、発癌作用はないとされている。

iPad

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/05/15 20:32 投稿番号: [2162 / 3149]
  張さん一行が我が家に来ている。次男は二度目の来日だが、その行動力は凄まじい。今日は朝早くから大宮の鉄道博物館に出掛け、帰途に上野公園を回り、さらに秋葉原に寄るとの電話があった。「オタク」というのは日本発の一群の奇妙な「趣味人」のことだが、彼も台湾の立派な「オタク」で、その聖地たる秋葉原を素通りするはずはない。それどころか、アキバには11日にも一人で出掛けていて、電車を乗り継いで八時過ぎに帰ってきた。まだ連絡はないが子供じゃないからキチンと帰ってくるだろう。

12日、その次男の強い希望で電器量販店で「iPad」なるものの予約申し込みをしたが、その日の午後に突然の受付停止となった。それを知った当人の喜ぶまいことか。「日本語版だが大丈夫なのか」と何度も念を押したが、台湾で中国版にすると返答は変わらない。

玉荷れい枝

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/15 18:16 投稿番号: [2161 / 3149]
れい枝の中の最優良種「玉荷包種」がもう売られている。玉荷包種はれい枝のうちで最も早く成熟する。成熟しても果皮は一部分が緑色である。味はかすかに酸味を帯びておいしい。種子はしなびて小さいので、果肉が厚い。値段は今はまだ高いそうだが、ぐずぐずすると季節が過ぎてて食いそこなう。

水牛の野生化

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/08 18:28 投稿番号: [2160 / 3149]
水牛が飼い主の手から逃れて山地で野生しているということが十年ほど前に新聞で報道された。台湾のあちこちの山の中に野生水牛がいて、20頭、30頭の群になっているのもあるという。水牛の食物は草だから、台湾の山ではどこでも食うに困らないだろう。野生水牛は人をおそれて、遠くからでも人の姿を見たら林の中などに隠れるという。十年前は話題になったが、近頃は話を聞かなくなった。

死刑の執行

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/05/02 06:32 投稿番号: [2159 / 3149]
台湾で4年ぶりに執行された。4月30日の晩7時半、台北で2人、台中で1人、台南で1人。いずれも殺人犯。

蒋政権時代は人を殺さなくても、言うことが蒋介石一派の気にいらないために死刑になった者がたくさんあった。

Re: 地震でもないのに・・・

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/04/30 04:09 投稿番号: [2158 / 3149]
>昨日、國道(高速公路)3號、基隆の手前、地滑りで上下線とも封鎖・・・。
走行中だった車が5台巻き添え・・・?
國軍も投入されている模様で、復旧までに20日間要するという。
____________________

↑上文で昨日というのは4月25日である。その日午後2時29分、地震もなく雨風もないのに国道のそばの山の一部分が母体から離れて移動し、国道の上に覆いかぶさった。

土石に埋まった車が最初は6台と言われた。掘削機が20台ほど現場で活発に作業し、車体が見つかれば手掘りで遭難者を助け出すために30名の工兵が待機した。まだ掘り出されないうちに調査が進んで遭難車の型や番号が調べ出された。遭難車は3台、搭乗者は4人、男女各2人とわかり、姓名もわかった。時々雨が降ったが作業は昼夜休まずに続けられた。

28日の未明から朝にかけて、4人が次々に遺体となって、掘り出された。車体は全部潰れて、屑鉄状態になっていた。

地震でもないのに・・・

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2010/04/26 12:22 投稿番号: [2157 / 3149]
昨日、國道(高速公路)3號、基隆の手前、地滑りで上下線とも封鎖・・・。
走行中だった車が5台巻き添え・・・?
國軍も投入されている模様で、復旧までに20日間要するという。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: nipponndaisuki003 投稿日時: 2010/04/24 23:59 投稿番号: [2156 / 3149]
あげときます。

昭和17年4月18日

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/04/19 01:56 投稿番号: [2155 / 3149]
アメリカ空軍の中型爆撃機16機による日本空襲があり、始めから平民殺害を目的としていたから50人以上の死者が出た。

わしの旧制中学の同期生(台湾人)が一人内地の上級学校へ入学試験受けに行って受からず、東京で浪人生活にはいったところであった。彼が当時上海に移住していたわしに空襲の状況を知らせてくれたが、東京では空襲警報が出ただけで、何もなかったという。

註:旧制中学(5年で卒業)を出てから次に入る医学専門学校、農業専門学校、工(商)業専門学校等々を「上級学校」と言っていた。台湾には上級学校が少なく、入学試験の競争率が厳しいので、学力に自信のない者は、内地の小都市の上級学校を受けに行った。それでも受からないで、そのまま内地に下宿して来年の入学試験の準備をする者を浪人と呼んでいた。親にはたいへんな経済負担をかけることになる。

桂林

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/04/13 17:47 投稿番号: [2154 / 3149]
  先日の「な〜るほど・ザ・台湾」のメールマガジンを消去してしまったので、詳しい数字はわからないが、今年1〜3月の集計では台湾にやってくる外国人は日本人を抜いて中国人がトップになったという。 今後、その差は開くばかりだろうが、海峡を挟んだ両国の人民が自由に往き来できるのは大変に良いことだと思う。
来週、張さん達が桂林に行く。NT5000元だけ両替したそうだがそれで十分だろう。観光地のお土産なんてろくなものはないし、桂林市内のスーパーに入っても特に買うものはないだろう。

紙幣の肖像

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/04/11 13:26 投稿番号: [2153 / 3149]
  張さんたち三姉妹が来週、桂林の観光に行くという。すでに両替も終え、スカイプで大陸の紙幣を見せてくれた。あの目鼻を人形のように修正した毛氏の赤い紙幣である。大陸には、「労働者」「農民」「知識人」が並んだ肖像紙幣もある。「知識人」の肖像がいかにもそれらしい雰囲気の人物に描かれているのも面白い。人にはその「階級」にふさわしい顔つきがあるのだろう。これは中共のマルクス主義階級史観に立つものと理解はしているつもりだが、それでは、民主主義革命に参加を認められ、五星紅旗の末端ながらも立派に金色の星を授けられて、すでに入党資格もある「民族資本家」の肖像がないのはどうしてなのか。「資本家はダメ」だと言うのなら「国旗」は嘘ということになるし、中国政府はすでに完全否定された文革イデオロギーを今だに引き摺っているのかと批判されても反駁できないのではないか。

「いやぁ、資本家の肖像なんてどうやっても描けませんからねぇ。と言って、まさか、孔祥熙あたりをモデルにはできないし」
「そうでしょうな。まぁ、架空の人物をそれらしく描いたとして、人民から《財神》などと崇められても困るだろうしね」

麻生太郎氏

投稿者: mrt952006 投稿日時: 2010/04/08 12:16 投稿番号: [2152 / 3149]
(元:総理大臣)と奥様と娘様が民間人として台湾に招かれています(ホスト役:中信金控董事長辜濂松?)が、日本では、取り扱いがありませんね。

昨日は、台北賓館(迎賓館)で馬英九総統らと面会しています。

「御宅之神」と取り上げたマスコミもあります。

Re: ビックリ台湾!?

投稿者: nipponndaisuki003 投稿日時: 2010/04/05 01:30 投稿番号: [2151 / 3149]
up

墓参り

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/03/31 17:01 投稿番号: [2150 / 3149]
台湾では清明の日に祖先の墓参りをする。今年の清明は4月5日である。

Re: 内地と台湾の戦没者について

投稿者: unhoo 投稿日時: 2010/03/27 20:08 投稿番号: [2149 / 3149]
>そうすると、台湾の死者39400人も間違いではないのだろう。台湾でも都市部が焼け野原になるような大空襲があったのだろうか。 <

日米戦争の4年間わしは台湾に居らずに、上海に住んでいたから、空襲を体験しなかったが、終戦の翌年台北に帰って来てみると、台北は民屋の破壊が相当に多かった。しかし空襲で爆破された建物よりも、空襲のときの逃げ道を作るために、軍の命令で破壊したための損害の方が大きかったと台北に住んでいた人が言っていた。軍の命令で破壊されて住む家を失った人は、命に別状はなかったが、田舎に疎開するほかなかっただろう。

台湾の死者39400人は、わしもやっぱり変だと思う。

南部に住む人は、米軍機の機銃掃射が執拗だったことを語っていた。日本軍が台湾の制空権を失ったのは、昭和19年10月の台湾沖開戦で敗北したためである。

Re: 内地と台湾の戦没者について

投稿者: tokyo_cachito3 投稿日時: 2010/03/25 19:17 投稿番号: [2148 / 3149]
  日本本土における70万の戦没者は「ありえない数字」と書いたが、これは軍人だけだと勘違いしていた。原爆、空襲による死者の総計ならそこまで行くのかも知れない。そうすると、台湾の死者39400人も間違いではないのだろう。台湾でも都市部が焼け野原になるような大空襲があったのだろうか。
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