>あの時代の医女様
投稿者: toapanlang 投稿日時: 2006/10/31 01:29 投稿番号: [429 / 1329]
>これは民間信仰・迷信というレベルでしょう。(苦笑)
一応、中国から来た漢方が韓医学とか名乗っているように、それなりの鍼灸や薬草学は入っていたと思いますよ。
ただ日本では村医がいて、それなりに広がりを持っていたのですが、韓国ではそうした学校がなかったようですね。
そういや、以前このトピで少し書きました。
>医女制度が初めて出現したのは太宗の時であった。太宗6年(1406年)3月済生院の許滔(漢字は東亜のカンで当てた)は「婦人が病気のとき男の医員が脈を取って診断して治療するようにすれば、もしかすると、恥ずかしさのために病状をすすんで見せなくなり、ついには死に至るようになります」と言って医女の必要性を主張した。
>幼く賢い女婢の中から医女を選んで、医学書籍を読めるよう漢字を習わせるようにしたし、脈の取り方や鍼術などの医術を教えた。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835396&tid=mfbdabdabaaf&sid=1835396&mid=187『コリアの不思議世界』(野崎充彦)によれば、済生院というのは、鍼灸術によって民衆を医療する施設だったということですが。
これは メッセージ 427 (trip_in_the_night さん)への返信です.
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