竹島

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隠州視聴合紀の「国代記」1/3

投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/04/19 17:21 投稿番号: [8722 / 18519]
隠州視聴合紀の「国代記」とは

1667年8月、出雲松江藩の齋藤豊仙が隠岐郡代として、約2ヶ月を掛けて隠州(隠岐島)を巡察した際の、「視て」「聴いた」ことを採録した近世隠岐の地誌(調査報告書)である。

齋藤豊仙は、以下のように、北海の中にある隠岐島が、隠岐島から東西南北、それぞれの方向にある日本の領地まで、どれだけの位置にあるかを記述している。

そして、日韓双方が竹島を自国領とする根拠としてきた

それは、巻一の『国代記』に松島(現在の竹島(独島))と竹嶋(現在の鬱陵島)の二島の名前が見え、その読み方によっては、竹島が朝鮮領とも解釈出来るからだ

隠州視聴合紀の竹島関連の部分

? 隠州在北海中故云隠岐島、
? 従是南、至雲州美穂関三十五里、
? 辰巳至泊州赤碕浦四十里、
? 未申至石州温泉津五十八里、
? 自子至卯、無可往地、
? 戍亥間行二日一夜有松島、
? 又一日程有竹島、
? 俗言磯竹島   多竹魚海鹿、按神書所謂五十猛歟
? 此二島無人之地、見高麗如自雲州望隠州、
? 然則日本之乾地、以此州為限矣


? 隠州(隠岐島)は、北の海の中にあり、故に隠岐島という
? 是(隠岐島)より南、雲州(出雲国・島根県東部)美穂関に至るは(海上)35里
? 辰巳(南東)に伯州(伯耆(ほうき)国・島根県西部)赤崎浦に至ること(海上)40里
? 未申(南西)に石州(石見国・島根県西部)温泉津に至ること(海上)58里
? 子(北)より卯(東)に至りては、往くべき地は無し
? 戌亥(北西)の間、行2日1夜行けば、松島(現在の竹島)がある。
? また一日ほどの程で竹島(現在の鬱陵島)がある。
? これは俗に言う磯竹島のことである。
竹や魚・海驢(あしか)が多い。按ずるに、神書の所謂五十猛歟。
(按ずる=考えをめぐらす。調査する)

? この2島、無人の地である。高麗(朝鮮)を見ること雲州より隠州を望むがごとし。
? 然からば即ち、日本の乾(北西)の地、此の州を以て限りと為す。

齋藤豊仙は、北海の中にある隠岐島が、隠岐島から東西南北、それぞれの方向にある日本の領地まで、どれだけの位置にあるかを記述している
?の記述から、此の文書は、隠岐島を中心の基点にして、それぞれの地域を放射線状に記述していることが解る。



隠州視聴合紀の「此の州」とは鬱陵島である

日本は、
? 然からば即ち、日本の乾(北西)の地、此の州を以て限りと為す。
と記されている事から、「此州」とは鬱陵島の事と解釈し、それより東にある竹島(独島)は当然、日本領であると解釈した。

齋藤豊仙は、?以下の記事で、隠岐島を起点として、隠岐島からの方位とその周辺の地域との地理的関係を示しているのである。

そして、?〜?での説明
? 戌亥(北西)の間、行2日1夜行けば、松島(現在の竹島)がある。
? また一日ほどの程で竹島(現在の鬱陵島)がある。
? これは俗に言う磯竹島のことである。
竹や魚・海驢(あしか)が多い。按ずるに、神書の所謂五十猛歟。
? この2島、無人の地である。高麗(朝鮮)を見ること雲州より隠州を望むがごとし。
この高麗を望んだ地点とは、何処か?
と言うことだが、これは、雲州(島根県)から、隠岐島を見るように、
高麗が見える地点と言うことだから、竹島、鬱陵島、隠岐島の何れか?

それは、日本領から高麗(朝鮮)が望めるのは、「国代記」の中では鬱陵島だけである。

そのように高麗が見える地点とは、鬱陵島と言うことになる
ここでは、隠岐島から見て、北西の間にある松島(現在の竹島(独島))と、さらに鬱陵島がある
そこからは、雲州から隠州を見るように、高麗(朝鮮)が見える
と地理的特性を説明している
そして、?へと繋がる。

? 然からば即ち、日本の乾(北西)の地、此の州を以て限りと為す。

冒頭の「然からば」について、説明する必要があるようだ。
「然からば」の役割は、雲州(出雲)より隠州(隠岐)を望むように、
「竹嶋(=鬱陵島)」から高麗(朝鮮)が望める事を強調するためにある。
そして、日本領から高麗(朝鮮)が望めるのは、「国代記」の中では鬱陵島だけである。

>ありがとうございました

投稿者: banbancho2 投稿日時: 2005/04/19 16:09 投稿番号: [8721 / 18519]
>そしたら冬は太陽より左に見えることもあるんでしょうか

私が以前msg7935で紹介させていただいたフリーソフトを元に、以前半月城氏が鬱陵島からの竹島(獨島)の方位を算出されております(msg8295)。
それによると、鬱陵島から竹島(獨島)の方位は真東から南よりに17度51分です。

先ほど私がお伝えした冬至に太陽が昇る方位は真東から南に約30度ということで、冬の一時期に竹島(獨島)は日の出の左(北)に見える可能性があります。

ただし以下の不安材料があるため、私も断言はできません。
・計算式(ソフトウェア)による値の誤差
・あくまで数値による解釈であり、実際にその状況を確認したことがない
・私がこの件に精通していない(^^;)
(詳しい方のアドバイスがほしいところです)
・冬に鬱陵島から竹島(獨島)が見えるのか不明

もう少し色々と情報を調べてみたいと思います。

>日本では

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/04/19 16:01 投稿番号: [8720 / 18519]
>リアンクールロックと呼ばれたようです

はい、ありがとうございます。

半月城氏は資料をたくさん出してくれるんで貴重な人だと
は思うのですが、時々引用と解説がかけ離れていたりするもので。

ありがとうございました

投稿者: jijihuhujiji 投稿日時: 2005/04/19 14:41 投稿番号: [8719 / 18519]
そしたら冬は太陽より左に見えることもあるんでしょうか

>>こんにちは(^o^)/

投稿者: banbancho2 投稿日時: 2005/04/19 14:27 投稿番号: [8718 / 18519]
>冬至の日は真東より30度ほど南から昇り、
>夏至の日は真東より30度ほど北から太陽が昇ります。

補足ですが、夏至・冬至でずれる角度は緯度によって変化します。

30度というのは、鬱陵島の経緯度でのおよその値とご理解ください。

参照:太陽表(フリーウェア)
http://www.vector.co.jp/soft/win95/business/se230982.html

林子平の「三国通覧輿地路程全図」

投稿者: okinotorisima2004 投稿日時: 2005/04/19 14:01 投稿番号: [8717 / 18519]
Okino:他サイトから転写

http://toron.pepper.jp/jp/take/jpn/hayashi.html

長久保はこの「日本分野図」に「隠州視聴合記」の記述を加えて地図を作成した。
それは長久保赤水の「日本輿地路程全図」に描かれた鬱陵島(図では竹島と表記)の右上に「見高麗猶雲州望隠州(高麗を見る事、猶雲州より隠州を望むが如し)」という付記がある事からも解る。
この付記は齋藤豊仙の「隠州視聴合記」からの引用である。
隠州視聴合記は鬱陵島が日本領と考えられていた時代の記録である。

>こんにちは(^o^)/

投稿者: banbancho2 投稿日時: 2005/04/19 13:55 投稿番号: [8716 / 18519]
横レスですみません。
春秋分の日に朝日は真東から昇ります。
冬至の日は真東より30度ほど南から昇り、
夏至の日は真東より30度ほど北から太陽が昇ります。

太陽の昇る位置は季節により60度ほどずれるようです。

肉眼で鬱陵島から見えるのでしょうか。

投稿者: shoin1992 投稿日時: 2005/04/19 13:21 投稿番号: [8715 / 18519]
肉眼で鬱陵島から竹島が見えるのでしょうか。

それとも双眼鏡などで見えるのでしょうか。

いつもは、見えないが、
見落としてしまいそうな、
点として見えるのでしょうか。

昇る太陽の横に
小さな点として見えるのでしょうか。
その様子をお願いします。

肉眼で鬱陵島から見えるのでしょうか。

投稿者: shoin1992 投稿日時: 2005/04/19 13:20 投稿番号: [8714 / 18519]
肉眼で鬱陵島から竹島が見えるのでしょうか。
それとも双眼鏡などで見えるのでしょうか。

いつもは、見えないが、見落としてしまいそうな、点として見えるのでしょうか。

昇る太陽の横に小さな点として見えるのでしょうか。その様子をお願いします。

日本では

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2005/04/19 13:13 投稿番号: [8713 / 18519]
リアンクールロックと呼ばれたようです。大日本四神全図では、そうなってます。当時、西洋の地図が、入ってきたことによって、存在しないアルゴノート島が竹島、ダジョレー島が松島と、誤認されたようですね。これをもともとの朝鮮側の誤認である鬱陵島の二島表記が相まって、ややこしいことになってます。

これは

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2005/04/19 13:04 投稿番号: [8712 / 18519]
>「門脇貞二氏は、この蘇我満智が百済から渡来したとされる高級官僚の木(秔・羅)満致と同一人物であるとし、蘇我氏の出自を百済人に求めておられる。」
モトは三国史記

この門脇貞二氏の主観による判断だろう?三国史記のどの部分が、そうだと言えるのか、提示してくれ。この三国史記に、決定的に百済人だったと記述があるのかどうか、わからん。この内容を見て、自分が蘇我氏は百済人だったと思うならそれでよし。

だったかもしれない→だった→間違いなくそうだった

と、変化されても困る。

半月城氏飛躍では?

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/04/19 13:01 投稿番号: [8711 / 18519]
>葛生は竹島=独島を明らかに韓国領と認識していたようです

直前の引用からはそう読めません。

>名前である松島が鬱陵島につけられてしまった結果、竹島=独島の和名が失われ、かわりにフランスの捕鯨船にちなんでリャンコ島とかヤンコ島とか呼ばれるようになっていたので、そうした新しい洋名の島を日本領と考える人がいないのも当然です。

個別名を失うと自国領でないと考えるのなら、それはお互い様ですな。
日韓ともにヤンコ島と呼んだのでしょう?

どのへんが、

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2005/04/19 12:59 投稿番号: [8710 / 18519]
すさまじい航海技術だったと、書かれているんだ?どこだ?

ノーノー、mattouyaさん

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/04/19 12:52 投稿番号: [8709 / 18519]
仮定だなんて、そもそもあなたは「聖徳太子は百済人」と「断定」したのだから、それはダメですからね。

貴方のご意見とかご想像は無用ですので、「聖徳太子は百済人」「蘇我氏は百済人」だとする「一次資料」を回り道せず提示し、該当部分を引用して下さい。

>「門脇貞二氏は、この蘇我満智が百済から渡来したとされる高級官僚の木(秔・羅)満致と同一人物であるとし、蘇我氏の出自を百済人に求めておられる。」
モトは三国史記

ダメダメ。一次資料でないとダメですよ。
「モトは三国史記」って、『三国史記・百済本紀』に蘇我満智イコール木(秔・羅)満致であると書いてあるのですか?

さて、トピずれですが、続けましょう。

>役人は行ってないでしょうね

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/04/19 12:48 投稿番号: [8708 / 18519]
>しかし、隠岐の漁民も鬱陵の漁民も、江原道の漁民も、慶尚道の漁民も、七つの海で漁をしていたでしょう。

推測と事実は違います。
日本の漁民については、獨島に到達していた記録があります。

鬱陵島の漁民なんてものは、長い間存在してません。
あくまでも半島の漁民です。
また、1900年やや
前では外洋に出るような漁をしていないことがこのトピで確認されています。

ご返信ありがとうございますヽ( ー`)

投稿者: jijihuhujiji 投稿日時: 2005/04/19 12:36 投稿番号: [8707 / 18519]
それではまた。

円仁の

投稿者: mattouya 投稿日時: 2005/04/19 12:15 投稿番号: [8706 / 18519]
『入唐求法巡礼行記』

伝説上の人物であると仮定するなら

投稿者: mattouya 投稿日時: 2005/04/19 12:13 投稿番号: [8705 / 18519]
>つまり、伝説でしかない系図をもとに、「妄想」で聖徳太子は百済人とおっしゃったのですね?

あの部分の記紀は、伝説的です。
それでも、書かれた意図などから、ある程度の真実は分かるでしょうが、聖徳太子を伝説上の人物ととらえるなら、全く意味のないことですね、確かに。
記紀の系図によると、用明天皇と穴補部間人の子となっているようですが・・・・

>よし、では蘇我氏が百済人である根拠をお願いします。一時資料でそう記載してあるものの名前と引用文をご提示下さい。


「門脇貞二氏は、この蘇我満智が百済から渡来したとされる高級官僚の木(秔・羅)満致と同一人物であるとし、蘇我氏の出自を百済人に求めておられる。」
モトは三国史記

へえ

投稿者: greatjp22 投稿日時: 2005/04/19 12:09 投稿番号: [8704 / 18519]
蘇我氏が百済人ですか。

それは是非一次資料を拝見したいもんですな。よろしく。

秋分の日

投稿者: mattouya 投稿日時: 2005/04/19 12:03 投稿番号: [8703 / 18519]
>正直私も行きたくなりました。

ぜひ行ってください。
西の、島ばかりで成った新安郡の島々(紅島など)も見てきましたが、
共に素晴らしく美しいです。
青銅器時代の支石墓や、古墳もあります。高麗時代の寺院跡もあります。

>ところで、秋分の日は、太陽は北東(東北?)から昇るんでしょうか。

小学生にでも聞いてください。
私は太陽のすぐ右に、独島を見ました。

まあまあまあ

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/04/19 12:01 投稿番号: [8702 / 18519]
ここはひとつ、返答を楽しみに待つと致しましょう。せっかくのデムパ浴です。

聖徳太子=百済人説の証拠と、蘇我氏=百済人説の証拠を一次資料資料で。

(とある資料を提示されるのでは?と楽しみにしているのです。)

ワクワク☆

韓国人は

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2005/04/19 11:57 投稿番号: [8701 / 18519]
過去のことについて、曖昧なものは、全て、朝鮮発だとか、百済人だとか、決め付けるようだが、少なくとも朝鮮起源と言う証拠は何も無いことに対し、そう決め付けるのは、理論としては無茶苦茶だ!主張するなら、それだけの根拠くらい提示せよ!こんなものは基本だ!めんどくさいから、半月城の妄想記事読めとか言うが、こっちは散々奴の破綻した理論を目にしている。あれを根拠に出すなど、お笑い種だ。都合の悪いことは載せずに己の主張ばかりの奴の言い分など、史料に値しない。あいつが史料にしているものの中に、都合の悪いところは、わざと隠している事を知ってて言ってるのか?

はあ?

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2005/04/19 11:48 投稿番号: [8700 / 18519]
>なにしろ、聖徳太子はいなかったという説もあるくらいで・・・・・
>伝説でしかない系図を見ると、父方も母方も蘇我氏系。蘇我氏といえば百済人。
>ま、そんなところです。

で?聖徳太子が、百済人の証拠は?

はあ?

投稿者: takigawamasuuji 投稿日時: 2005/04/19 11:47 投稿番号: [8699 / 18519]
>まして、青海鎮の張保皐など海洋族は、凄まじい航海術を持っていました。

まるで、見たことあるような、書きようだ。一体、何を見てそう言える?答えてくれ。

更に説明願います

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/04/19 11:42 投稿番号: [8698 / 18519]
トピずれだけれども続けます。

>父方も母方も蘇我氏系。蘇我氏といえば百済人。
ま、そんなところです。

よし、では蘇我氏が百済人である根拠をお願いします。一時資料でそう記載してあるものの名前と引用文をご提示下さい。

>伝説でしかない系図を見ると

つまり、伝説でしかない系図をもとに、「妄想」で聖徳太子は百済人とおっしゃったのですね?
それとも、違うのですか?

あいまいにせず、キッチリと行きましょう。

こんにちは(^o^)/

投稿者: jijihuhujiji 投稿日時: 2005/04/19 11:42 投稿番号: [8697 / 18519]
見たんですか。羨しいです。文を拝見して、とても綺麗な情景が浮かびました。


正直私も行きたくなりました。

ところで、秋分の日は、太陽は北東(東北?)から昇るんでしょうか。

展望台と富士見台の違いは?

投稿者: mattouya 投稿日時: 2005/04/19 11:27 投稿番号: [8696 / 18519]
>山から見えるなら、展望台などわざわざ作らず、富士見台みたいなテラスで十分だったんじゃない?

独島展望台と言うのは、木で作ったテラスのようなものなのですが・・・・?

>聖徳太子百済人説のロバストな根拠

なにしろ、聖徳太子はいなかったという説もあるくらいで・・・・・
伝説でしかない系図を見ると、父方も母方も蘇我氏系。蘇我氏といえば百済人。
ま、そんなところです。

>聖徳太子百済人説

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/04/19 11:00 投稿番号: [8695 / 18519]
>聖徳太子百済人説のロバストな根拠はどうなったんですか?

ワタシも希望します。(楽しみ)

>鬱陵島全体が山です

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2005/04/19 10:50 投稿番号: [8694 / 18519]
「展望台から見えた」
というのは、見に行ったmattouyaさんがそう仰るのならそうなんでしょう。
多少幸運が必要みたいですが。

それはそれとして、
山から見えるなら、展望台などわざわざ作らず、富士見台みたいなテラスで十分だったんじゃない?
という疑問が湧いただけです。

ところで、聖徳太子百済人説のロバストな根拠はどうなったんですか?

役人は行っていないでしょうね

投稿者: mattouya 投稿日時: 2005/04/19 10:33 投稿番号: [8693 / 18519]
役人が実際に竹島へ行っていないのは、日韓同様でしょう。
しかし、隠岐の漁民も鬱陵の漁民も、江原道の漁民も、慶尚道の漁民も、七つの海で漁をしていたでしょう。
まして、青海鎮の張保皐など海洋族は、凄まじい航海術を持っていました。

鬱陵島全体が山です

投稿者: mattouya 投稿日時: 2005/04/19 10:25 投稿番号: [8692 / 18519]
平地は、中央部のカルデラ部分だけ。
道洞の町も、傾斜地に作られていて坂道だらけ。
島の周りを見晴らそうと思えば、小高いところに登って、360度の水平線を見るでしょう。
今はロープウエイ(現地ではケーブルカーと書いてありましたが)で簡単に展望台に登れるので、ご来光前の30分ぐらいに宿を出ればいいです。
昔は、宿(家)自身が小高いところにあったと思います。

いいんですよ

投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2005/04/19 10:19 投稿番号: [8691 / 18519]
見たっていうなら、見たって言わせておけばいい。

目を凝らしてようやく見えるかどうかの竹島を
昔の人が展望台も無い山に登って、存在すら知らない竹島を見つけたかどうか。

まぁ、見つけたとしても、そこに行くかどうかは中華文化圏の行動様式を考えればまずない。
言うまでも無い事実なんですけど。

>見ました

投稿者: J_Fooker 投稿日時: 2005/04/19 10:14 投稿番号: [8690 / 18519]
>独島博物館から、ロープウエイで、独島展望台に登ります。

展望台に上らないと見えないと言うこと?

それは「見える」とは、少々ルール違反っぽい。

見ました

投稿者: mattouya 投稿日時: 2005/04/19 09:49 投稿番号: [8689 / 18519]
独島博物館から、ロープウエイで、独島展望台に登ります。
9月の秋分に近い日、ご来光を仰ぎましたが、空が白み始めた頃から、水平線上に竹島が見えました。朝日のすぐ右側でした。
展望台の反対側の真下に、島の中心の町、道洞が見下ろせました。

お一人居たはずですが、

投稿者: husenoyaji 投稿日時: 2005/04/19 09:00 投稿番号: [8688 / 18519]
今は出てきてないと思います。

実際に見るのは不可能に近いですね。
90キロ先だと、大きな島でも滅多にみえません。

また、計算式もいろいろあり。
見えない計算式もあります。
私の経験的には、見える方の計算式のほうが正しいと思います。

鬱陵島から竹島はみえるのでしょうか

投稿者: shoin1992 投稿日時: 2005/04/19 04:06 投稿番号: [8687 / 18519]
鬱陵島から竹島はみえるのでしょうか。

距離は約90キロあり、標高157メート

ルの岩。これ肉眼か、眼鏡で見えるでしょうか。

計算ではなく、本当に見た人、教えてください。

英語の国家地図も無いニダ!

投稿者: honkytonk_2002_x 投稿日時: 2005/04/18 21:48 投稿番号: [8686 / 18519]
>世界的にもアフリカ、西南アジアの貧困諸国以外はすべて国家地図帳を発刊している。

出た! 「貧困国家」。もっと他に言いようが無いのかね〜。

>独島が韓国の領土であることを立証する客観的な事実を国際社会に説得力を持って提示できなければならない。独島が英語で表記された国家地図帳を発刊することは、独島を守る作業の初歩的準備段階に属するものだ。

①よした方がいいと思う。
②地図帳が何が何でも必要というわけじゃないだろう。そういう問題じゃない。それより、誰が見ても納得がいく資料を「発見」する事だわな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

英語の国家地図もなしに独島をどのように守るのか


  先日、朝鮮日報と大韓地理学界が「独島(トクト)の地政学」をテーマに共同主催した学術セミナーで、国内の地理学者らは「独島が表記された英語の“国家地図帳(National Atlas)”ひとつない国がいったい国際社会で“独島は韓国の領土”と主張できるのか」と異口同音に声を上げている。

  国家地図帳は各国の政府が地形、地質、人口分布のような総合的な領土状況を盛り込み、1冊の本として編集したものを指す。世界の有名な地図帳はこのような国家地図帳を基礎資料にして制作される。韓国は1990年前後に2度に渡って国家地図帳を発刊したが、すべて韓国語で表記されたものだったため、国際社会では使い物にならなかった。英語版の地図帳は2000年に民間出版社が発刊したものが唯一だが、国家公認のものでないため、国際社会では認められていない。

  経済協力開発機構(OECD)加盟国のうち、国家地図帳のない国は韓国しかない。世界的にもアフリカ、西南アジアの貧困諸国以外はすべて国家地図帳を発刊している。日本は昨年、紙の地図帳と電子地図帳の2種類で改訂版を出したが、この地図帳には鬱陵(ウッルン)島と独島の間に韓日の国境があり、独島は「Takeshima Island(竹島、独島の日本式名称)」と表記されている。

  日本が独島を自分の領土であると国際社会で主張している重要な根拠は、独島の緯度・経度を把握し、登録した文書は、1905年の日本・島根県の告示が最初だという点だ。島根県が告示100周年を記念する「竹島の日」条例制定を強行したこともこうした理由からだ。

  声を大にして日本を糾弾するデモをしたからといって独島が守られる訳ではない。独島が韓国の領土であることを立証する客観的な事実を国際社会に説得力を持って提示できなければならない。独島が英語で表記された国家地図帳を発刊することは、独島を守る作業の初歩的準備段階に属するものだ。

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/04/18/20050418000075.html

既出でしょうか?

投稿者: guiseinoyuu 投稿日時: 2005/04/18 16:45 投稿番号: [8685 / 18519]
新ネタが出来上がってました。

http://maa999999.hp.infoseek.co.jp/ruri/pirate_of_the_takeshima_01.html

>往生せり

投稿者: banbancho2 投稿日時: 2005/04/18 13:01 投稿番号: [8684 / 18519]
>「日本の独島領有権主張に抗議」焼身した40代男性が死亡

不幸な事故だと思います。心よりご冥福をお祈りします。

日韓両国の意見の食い違いが長引くことで、こういった犠牲者がでるのは悲しいことです。

1日も早く竹島問題を解決して、このような犠牲者を出さないに、両国政府の努力を期待します。

>竹島=独島問題、裁判による解決

投稿者: banbancho2 投稿日時: 2005/04/18 12:45 投稿番号: [8683 / 18519]
こんにちは。
msg8654にて半月城さんの書かれた国際司法裁判所解釈について私が疑問に感じた点を以下に書かせていただきます。

>「最新の国際法の精神」で紛争を解決すべきだと考えています。

この論でいくと、かつて帝国主義が蔓延していた時代に生きた人達は、何を基準に国策の判断をするべきだったとお考えでしょうか?
後に改善されるであろう国際法を思い描いて、それを判断基準にするべきだったということでしょうか?

現在、より良くなった国際法を知る私たちは、遡って過去の行為を正しかった・間違っていたと評価できますが、当時の世界を生きた人達は、そういったものを知る由もありません。
彼らはどうするべきだったのでしょうか・・・。

また現在を生きる私達は、より良い国際法を持っていますが、これもBestなものではなくBetterなだけのものです。
我々も今の国際法(国内法も然りですが)が不完全なものとして、数十年後・数百年後の法を思い描いて判断基準としなければならないということになりますよね。

「法は時を遡って適用してはならない」というのはきわめて正しいもので、それを適用する国際裁判所は信用にたるものだと考えます。

しかし現在の先進国(かつての帝国が多い)は過去を合法として何も反省していないわけではないと思います。
道義的な配慮等もあり発展途上国などに対してODAやその他援助、技術供与などをおこなっているのではないでしょうか。

韓国も今日では経済力等において、世界でも10数番目となられているようですね。過去苦しんだ経験を生かし、今日もなお苦しんでいる他の国々に暖かい手を差し伸べて、世界の国々の規範のような国家となられることを期待します。
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