観音島 II
投稿者: Gaenara 投稿日時: 2004/01/26 22:33 投稿番号: [3291 / 18519]
>李奎遠調査の折の地図、即ち19世紀末の地図によれば、観音島は「島項」とされています。しかし、これは「島のうなじ」という意味でどうも島の名前ではありません。現在もこれにあたるseom-mokは、観音島の対岸、鬱陵島の地域を指します。
「島項」は島(鬱陵島)の首の後方の部分と言う意味で島名として、半月城風に言えば、妥当だな。 前方の「Seom-mok」地域は朝鮮語で文字通り、島(鬱陵島)の首と言う意味だ。
>調査の折には住民たちは于山島の名称を観音島にあてていたのではないかというのが私の推測です。
そうではないな。 文盲で教養のない当時の島住民が表現できたのは、石から成る島「石島」と竹が生い茂る島、「竹島(日本の竹島ではなく、鬱陵島の東、1.5キロにある島)」だ。
これは メッセージ 3285 (ahirutousagi2 さん)への返信です.
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