竹島

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田辺局長の「松島」認識

投稿者: hangetsujoh 投稿日時: 2004/01/11 15:36 投稿番号: [2872 / 18519]
   てらうちさん、こんにちは。半月城です。
   外務省、田辺太一局長の意見については ahirutousagi2さんからコメントがあったので、疑問点はもう解決済みだと思いますが念のためにコメントします。

   北澤『竹島考證』下巻の第21号は、てらうちさんが #2817で書かれたように、たしかに外務省内の考えとして田辺局長は甲、乙、丙の意見を紹介しました。ただし、これは紹介のみなので、ここでは田辺の考えをうかがい知ることはできません。
   それを知ることができるのは第23号の資料です。同じく田辺名義の第23号は第21号の甲論のみを展開しているので、甲論はじつは田辺の意見であることがわかります。そして私が引用したのは第21号なのではなく第23号なのです。その出だしはこうあります。

  「聞く、松島はわが邦人の命じた名前で、じつは朝鮮鬱陵島に属する于山である」

   この一節から、田辺が伝聞で知っている松島、すなわち古来の松島は于山島という認識であることがわかります。この資料と第14号、第17号資料を見くらべると、田辺が「松島」をどう認識していたのかがはっきりします。

   第14、17号は、ウラジオストック領事館に出された「松島」開拓願を瀬脇事務官が本省に取り次いだ添え書きの公信なのですが、これらに田辺公信局長はいずれも「松島は朝鮮の鬱陵島にして我版図中のものならず」と付箋をつけました。しかもその部分にはわざわざ傍点を打つほどの念の入れようでした。
   その強調ぶりからすると、田辺は確信をもって開拓願の「松島」は鬱陵島であると認識していたようでした。その一方で、先の第23号に見られるように、古来の松島は伝聞から于山島であると理解していました。そのうえ、田辺はその伝聞が正しければ「断然 松島を開くべからず」と釘をさしました。

   しかし田辺も自説に確信をもてなかったとみえ、その伝聞が正しくない可能性も考慮し、松島が「所属曖昧」なら朝鮮へ使臣を派遣し、その途中での軍艦による調査も提案しました。
   こうした認識を考慮して外務省内の代表的な意見を書き直すと、おおむね次のようになります。

古来の竹島:デラセ(ダジュレー)島(渡辺)、鬱陵島(渡辺)
古来の松島:ホーネットロックス(渡辺、坂田)、于山島(田辺)
開拓願の松島:鬱陵島(田辺、渡辺)

   結局、外務省の局長クラスは誰も確信はないものの、事情をほぼ正しく把握していたといえます。これが太政官指令の追認になるのですが、これは次につづけます。

   (半月城通信)http://www.han.org/a/half-moon/
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