>歴史は欺かない
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2004/01/11 14:12 投稿番号: [2871 / 18519]
>独島が初めて我が国の文献に登場した時期は高麗時代金腐食が編纂した \'三国史記\'であり, この資料によると鬱陵島と傘も(独島)という二つの島が于山国という一つの独立国があった.
三国史記の于山国は鬱陵島。
>新羅ジズングワング13年(512年) 于山国を征腹したし, 于山国は新羅に毎年物産を捧げた.
鬱陵島の話。
>安竜福の活躍で鬱陵島,独島を取り囲んだ領土紛争は日本側が過ちを認めて謝りの文書を送ることで一切りついた.
謝りの文書というのは何ですか?対馬藩からの口上書のことですか。
>郡庁管轄区域を鬱陵島全体とおかゆも及び石刀だと釘を打った.(竹刀は鬱陵島島前実際竹刀で, 石刀が独島を意味)
石島が独島という根拠はありません。方言説が精一杯でしょう。
以下、省略。もう少し、具体的に問題を論じられてはいかがでしょうか。これで「歴史は欺かない」は、ちょっと題名倒れかと思います。
これは メッセージ 2867 (korea_shipping_gazette さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1835396/cddeg_1/2871.html