半月城さんへ(2804,2805)
投稿者: terauchim 投稿日時: 2004/01/09 12:11 投稿番号: [2817 / 18519]
半月城さん、はじめまして。てらうちと申します。
半月城さんの投稿には貴重な史料が掲載されてることがよくあるので、日頃から着目し参考にさせていただいています。
ただ、ちょっと分からない所がありますので、質問させてください。
> 一方、艦船を派遣して「松島」を調査する案ですが、これにたいし同省の公信局長・田辺太一は他国を測量するのは外交上好ましくないとしてこう反対しました。
(つづく)
> 「いま、理由もなく人を派遣して松島を巡視する、これは他人の宝を数えるというものである。いわんや、隣境を侵越するするようなもので、日本と韓国との交わりがその緒についたといっても、猜疑や嫌悪がまだまったく除かれていないとき、このように一挙に再び隙間を開くことは外交官のもっとも忌み嫌うところである」
> ちなみに田辺の考えは、開拓願いの「松島」は鬱陵島であり、江戸時代の外交交渉で朝鮮領であると確定したと記すとともに、古来の松島は鬱陵島に属する于山であると理解し、松島開拓願いに反対意見の付箋をつけました。田辺は下記のように記しました。
「聞く、松島はわが邦人の命じた名前で、じつは朝鮮鬱陵島に属する于山である。于山が朝鮮に属するのは、旧政府(江戸幕府)のとき、葛藤を生じ、文書を往復した末に、永く公文書で我々は有しないと約束、記載した両国の史書にある」
ネットで田辺太一局長の原文「松島巡視要否ノ議」を発見しまして、それを見ますに、前半は半月城さんが仰る通りの内容なのですが、難解な漢文調の文面を我慢して読み進めていきますと、後半では正反対の論調になってます。変だなあと思ってよく見たところ、それぞれの冒頭に「公云〜」「乙云〜」「丙云〜」と書いてありまして、これは「公(甲?)はこう言う。」「乙はこう言う。」「丙はこう言う。」という意味ではないかと思うのです。すなわち半月城さんが言う「田辺の考え」ではなくて、田辺局長は単に「こう言う者もいて、こう言う者もいて、こう言う者もいる。」と報じているだけではないかと。
甲・乙・丙の言い分を簡単にまとめると、
甲論:
松島調査の必要を論議する前に、松島を開拓するかしないかを決めねばならない。聞くところによると、松島は朝鮮領鬱陵島に属する于山である。江戸時代に鬱陵島は朝鮮領土と決まったのだから、実地調査をすることは、領域侵犯の類である。朝鮮を刺激するからやってはならない。松島を開拓してはならない。
(開否ノ略定リテ而後今日視察ノ要否ヲ論スヘシ)
乙論:
松島を開拓するかどうかは、松島を調査してから決定しなければならない。領土かどうかの論議は、書類や図面だけを拠信するのではなく、実地調査をして決定しなければならない。松島だけではなく、いわゆる竹島なる島も調査して、現在の状況を詳しく知らねばならない。ただし急ぐことではないので、後日に海軍を派遣して測量調査し、その調査結果を書類や古文書に照らし、そうする事で初めて松島が鬱陵島の一部なのか于山なのか無主地なのかを決定できるのだ。松島調査は絶対に必要である。
(開否ノ略ハ視察ノ後ニ非サレハ定ムル能ハス 版図ノ論今其実ヲ視ス 只ニ蠧紙上ニ拠信スルハコレヲ可トイフヘカラス )
丙論:
英国が対露戦略上の要地として松島を狙っているとの噂もあるので、早急に松島を調査すべし。人を雇って調査団を送れば、松島に居る韓国人や日本人や外国人と区別できないだろうから、友好の誼において調査妨害されることはないだろうと思う。
(今日ノ策ハ甲乙ノ所論ノ如キ開否等ノ議ニ渉ラス聊ニテモ該島ノ現状ヲ知ルコトヲ急務トセリ )
細部の解釈には自信が無いのですが、大筋でこういう意味でしょう。これを見ると、「松島=于山」と言う者あり、「実地調査しなけりゃ分からん」と言う者あり、松島には人が居ると思っている者あり、松島に関する外務省内の認識はバラバラで混乱してます。しかも、外務省内の一意見である「松島=于山」論者も松島を開拓できる島だと思っていることからして、「松島=于山」論者も松島を現在のLiancourt Rocks(L.Rocks)だと思ってはいないのではありませんかね。
ですから、半月城さんが言うところの
「以上のように外務省は隠岐の沖合にある二島をおおむね正しく把握していた」
「(てらうち注: 田辺は)鬱陵島(開拓願いの松島)、于山島(古来の松島)をともに朝鮮領であると理解しました。」
というのは如何なものでしょうか。
http://matsu.rc.kyushu-u.ac.jp/study/takeshima/siryo-list/matsushimajunsinogi.html
(「我有トセラル\xA5
半月城さんの投稿には貴重な史料が掲載されてることがよくあるので、日頃から着目し参考にさせていただいています。
ただ、ちょっと分からない所がありますので、質問させてください。
> 一方、艦船を派遣して「松島」を調査する案ですが、これにたいし同省の公信局長・田辺太一は他国を測量するのは外交上好ましくないとしてこう反対しました。
(つづく)
> 「いま、理由もなく人を派遣して松島を巡視する、これは他人の宝を数えるというものである。いわんや、隣境を侵越するするようなもので、日本と韓国との交わりがその緒についたといっても、猜疑や嫌悪がまだまったく除かれていないとき、このように一挙に再び隙間を開くことは外交官のもっとも忌み嫌うところである」
> ちなみに田辺の考えは、開拓願いの「松島」は鬱陵島であり、江戸時代の外交交渉で朝鮮領であると確定したと記すとともに、古来の松島は鬱陵島に属する于山であると理解し、松島開拓願いに反対意見の付箋をつけました。田辺は下記のように記しました。
「聞く、松島はわが邦人の命じた名前で、じつは朝鮮鬱陵島に属する于山である。于山が朝鮮に属するのは、旧政府(江戸幕府)のとき、葛藤を生じ、文書を往復した末に、永く公文書で我々は有しないと約束、記載した両国の史書にある」
ネットで田辺太一局長の原文「松島巡視要否ノ議」を発見しまして、それを見ますに、前半は半月城さんが仰る通りの内容なのですが、難解な漢文調の文面を我慢して読み進めていきますと、後半では正反対の論調になってます。変だなあと思ってよく見たところ、それぞれの冒頭に「公云〜」「乙云〜」「丙云〜」と書いてありまして、これは「公(甲?)はこう言う。」「乙はこう言う。」「丙はこう言う。」という意味ではないかと思うのです。すなわち半月城さんが言う「田辺の考え」ではなくて、田辺局長は単に「こう言う者もいて、こう言う者もいて、こう言う者もいる。」と報じているだけではないかと。
甲・乙・丙の言い分を簡単にまとめると、
甲論:
松島調査の必要を論議する前に、松島を開拓するかしないかを決めねばならない。聞くところによると、松島は朝鮮領鬱陵島に属する于山である。江戸時代に鬱陵島は朝鮮領土と決まったのだから、実地調査をすることは、領域侵犯の類である。朝鮮を刺激するからやってはならない。松島を開拓してはならない。
(開否ノ略定リテ而後今日視察ノ要否ヲ論スヘシ)
乙論:
松島を開拓するかどうかは、松島を調査してから決定しなければならない。領土かどうかの論議は、書類や図面だけを拠信するのではなく、実地調査をして決定しなければならない。松島だけではなく、いわゆる竹島なる島も調査して、現在の状況を詳しく知らねばならない。ただし急ぐことではないので、後日に海軍を派遣して測量調査し、その調査結果を書類や古文書に照らし、そうする事で初めて松島が鬱陵島の一部なのか于山なのか無主地なのかを決定できるのだ。松島調査は絶対に必要である。
(開否ノ略ハ視察ノ後ニ非サレハ定ムル能ハス 版図ノ論今其実ヲ視ス 只ニ蠧紙上ニ拠信スルハコレヲ可トイフヘカラス )
丙論:
英国が対露戦略上の要地として松島を狙っているとの噂もあるので、早急に松島を調査すべし。人を雇って調査団を送れば、松島に居る韓国人や日本人や外国人と区別できないだろうから、友好の誼において調査妨害されることはないだろうと思う。
(今日ノ策ハ甲乙ノ所論ノ如キ開否等ノ議ニ渉ラス聊ニテモ該島ノ現状ヲ知ルコトヲ急務トセリ )
細部の解釈には自信が無いのですが、大筋でこういう意味でしょう。これを見ると、「松島=于山」と言う者あり、「実地調査しなけりゃ分からん」と言う者あり、松島には人が居ると思っている者あり、松島に関する外務省内の認識はバラバラで混乱してます。しかも、外務省内の一意見である「松島=于山」論者も松島を開拓できる島だと思っていることからして、「松島=于山」論者も松島を現在のLiancourt Rocks(L.Rocks)だと思ってはいないのではありませんかね。
ですから、半月城さんが言うところの
「以上のように外務省は隠岐の沖合にある二島をおおむね正しく把握していた」
「(てらうち注: 田辺は)鬱陵島(開拓願いの松島)、于山島(古来の松島)をともに朝鮮領であると理解しました。」
というのは如何なものでしょうか。
http://matsu.rc.kyushu-u.ac.jp/study/takeshima/siryo-list/matsushimajunsinogi.html
(「我有トセラル\xA5
これは メッセージ 2805 (hangetsujoh さん)への返信です.
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