要約
投稿者: ahirutousagi2 投稿日時: 2003/12/29 04:40 投稿番号: [2797 / 18519]
どうも私の書き方が分かりにくい部分もあるでしょうから、再びこの件(外一島)の理解について重要部分のみくり返しておきます。
私は島根県の伺いにおいて、島根県は伝統的な竹島(鬱陵島)・松島(独島)を意識していたのは確かだと思っています。そして内務省・太政官の判断も同じく「竹島と松島」を指しているとして、私は2729で次のように書きました。
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>放棄という言葉が適当かどうかは知りませんが、明治政府が島根県の伺いたてた竹島・松島を日本国領土としなかったことは明示されているかと思います。
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このように竹島・松島を日本の領土としないというのが内務省・太政官の判断でした。しかし、私が問題としたのはこの「松島」が内務省・太政官においてどこまで「地理的に」正確に理解されていたかです。
仮に松島を鬱陵島附属の于山であり日本領土でないと内務省が規定したとしても、その「松島」が実質上、地図のどの島を指して意識されたのかは不明だと申し上げたのです。
そして、結果として三年後、軍艦天城の実測調査によって鬱陵島が「松島」と確定されたわけで、とりあえず明治政府としては鬱陵島までを「本邦関係無之義」としたと考えてよいものとしました。
一方、そうした流れの一環として、島根の伺いの前提として外務省からの島根への照会も念頭にも置きました。当時、外務省が島名の理解において混乱を見せていたことはご承知の通りです。
このような外務省あるいは地図の混乱は、内務省などにおいても原則論(竹島・松島を版図とせず)とは別問題に、地理的な把握・判断において何らかの影響があったものと考えられる、としました。
以上が大まかなまとめです。分かりにくくて恐縮です。なお、私が2716で渡辺局長の文書をそのままに「政府」としたのは確かに不適切な理解で、これについては有意義なご指摘を感謝します。この部分のみ撤回します。
私は島根県の伺いにおいて、島根県は伝統的な竹島(鬱陵島)・松島(独島)を意識していたのは確かだと思っています。そして内務省・太政官の判断も同じく「竹島と松島」を指しているとして、私は2729で次のように書きました。
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>放棄という言葉が適当かどうかは知りませんが、明治政府が島根県の伺いたてた竹島・松島を日本国領土としなかったことは明示されているかと思います。
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このように竹島・松島を日本の領土としないというのが内務省・太政官の判断でした。しかし、私が問題としたのはこの「松島」が内務省・太政官においてどこまで「地理的に」正確に理解されていたかです。
仮に松島を鬱陵島附属の于山であり日本領土でないと内務省が規定したとしても、その「松島」が実質上、地図のどの島を指して意識されたのかは不明だと申し上げたのです。
そして、結果として三年後、軍艦天城の実測調査によって鬱陵島が「松島」と確定されたわけで、とりあえず明治政府としては鬱陵島までを「本邦関係無之義」としたと考えてよいものとしました。
一方、そうした流れの一環として、島根の伺いの前提として外務省からの島根への照会も念頭にも置きました。当時、外務省が島名の理解において混乱を見せていたことはご承知の通りです。
このような外務省あるいは地図の混乱は、内務省などにおいても原則論(竹島・松島を版図とせず)とは別問題に、地理的な把握・判断において何らかの影響があったものと考えられる、としました。
以上が大まかなまとめです。分かりにくくて恐縮です。なお、私が2716で渡辺局長の文書をそのままに「政府」としたのは確かに不適切な理解で、これについては有意義なご指摘を感謝します。この部分のみ撤回します。
これは メッセージ 2792 (hangetsujoh さん)への返信です.
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