竹島

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竹島(鬱陵島)領有権の確立

投稿者: take_8591 投稿日時: 2010/09/04 18:53 投稿番号: [18421 / 18519]
  日朝で和平が成ったのは1607年です。この時、鬱陵島の領有権がどの様になったかは定かではありません。しかし、これより前に始まっていた竹島(鬱陵島)渡海は継続されました。

  1615年、幕府は朝鮮に書を送って「磯竹島は日本属島である」と諭すが、朝鮮は「磯竹島とは我国の鬱陵島のことである」としてこれを許しませんでした(通航一覧137巻)。この時、日本は漁業等を行っていました。朝鮮は『與地勝覧」に記載があることから「その島のことは知っているから我のものだ」と反論しました。尚、『芝峰類説』・『西渓雑録』に日本人による鬱陵島渡海の事実が記されていますから、日本人による実効支配の情報はソウル市内迄は届いていたと思われます。しかし、朝鮮朝廷はこの情報に対して何らの策を執りませんでした。

  1620年、幕府は、磯竹島に居住していた鷺坂(磯竹)弥左衛門を潜商の罪で捕えました。1615年の返書では「海賊と看做して取り締まる」としていた朝鮮が、1617年に日本に対し警察権の行使を要望したためです。

  1620年〜1624年、幕府は大谷村川両家に対し『竹島渡海免許』を与えました。その後、1693年まで両家の竹島渡海事業は継続しますが、免許のコピーを携えた渡海でした。記録では、この事業途上で2回難破し、朝鮮海岸にたどり着いたとされています。1615年に「磯竹島領有権」を日本が主張していると知っていた朝鮮は、『竹島渡海免許』を確認しても、日本に正式な抗議をしませんでした。朝鮮実録にはその記録すら残っていません。

  1693年、両家は磯竹島で安龍福を捕らえ、幕府に『竹島渡海免許』の実効性を問いました。対馬藩を介した日本の苦情を受けた朝鮮は、ここで始めて動きました。


  以上の様に、幕府は島の実効支配(継続的有効利用)を以って領有と考え、朝鮮は島の発見(認識)を以って領有としていたことが解ります。
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